Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション3

. Japonais 180-181 - 翻刻

. Japonais 180-181 - ページ 57

ページ: 57

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給ひ。鶴岡八幡宮(つるかおかはちまんぐう)に参詣(さんけい)し給ふ。爰(こゝ)に頼家卿(よりいへけう)の御末子(ごばつし)善哉君(ぜんざいきみ)は。元文(げんぶん)三年 十一月。実朝公(さねともこう)の猶子(ゆうし)とし。当社(たうしや)の別当(べつとう)尊暁(そんけう)が附弟(ふてい)となし。則(すなはち)公卿禅師(くげうぜんじ)と 号(こう)せしが。其姿(そのすがた)に似気(にげ)なくして。心飽(こゝろあく)まで逞(たくま)しく。実朝(さねとも)は亡父(ちゝ)の仇(あだ)。何卒(なにとぞ)彼(かれ)を 討(うつ)て孝養(こうやう)に備(そな)へ。己(おのれ)頼家(よりいへ)の嫡々(ちやく〳〵)たれは。直(たゞち)に四代将軍(よだいせうぐん)に昇(のぼ)り。天下(てんか)を掌握(しやうあく) せんと工(たく)まれしが。今日(けふ)実朝(さねとも)の社参(しやさん)こそ。天(てん)の与(あた)ふる時(とき)也けれと。衣(きぬ)深々(ふか〴〵)と被(かづき)て 面(おもて)をかくし。上臈(しやうろう)の社参(しやさん)見物(けんぶつ)する体(てい)にて。彼方(かなた)こなたにたち忍(しの)び。実朝公(さねともこう)車(くるま)より 下(お)り。社壇(しやだん)の石階(せきかい)に昇(のほ)らんとし給ふ処(ところ)を。公暁禅師(くきやうぜんじ)警固(けいご)を突退(つきのけ)。する〳〵 と走(はし)りより。隠(かく)し持(もつ)たる利刀(りとう)の光(ひか)り。微乱離(ひらり)と見えしが実朝公(さねともこう)の首級(しるし)を引提(ひつさげ) 群(むらか)り立(たつ)たる見物(けんふつ)にまぎれ。終(つひ)に行方(ゆくかた)を隠(かく)し給ふ。此(この)御社参列粧(ごしやさんれつさう)を見(み)んため 鎌倉中(かまくらぢう)はもとより。隣国(りんごく)近郷(きんかう)より群参(ぐんさん)の貴賤(きせん)。その趣意(しゆい)はしらずといへども。 須破(すは)人殺(ひとごろ)し盗賊(とうぞく)よと。呼(よば)はる声(こゑ)を聞(きく)よりも。我一(われいち)に逃(のが)れんと。忽(たちまち)鼎(かなへ)の湧(わく)がごとく。 これがために供奉(ぐぶ)の大小名(だいせうめう)。却(かへつ)てその敵人(てきじん)を捕(とらゆ)る事/能(あた)はず。されども天(てん)の照(せう)