キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [6] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [6] - ページ 5

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 て御存寄御聞有しに百姓之事一揆とは被申  間敷候耶蘇宗門徒党之者御仕置に被仰付抔  と可有之事やと仰に付其赴御認送ら連ける  薩摩之御請には耶蘇宗門御仕置に被仰付候  依之首切千人士少々相添差出可申由御返答  有けるとぞ 永日記曰島原之時に細川越中守に真田伊豆守  語る今度板倉内膳討死早速踏つぶさるに付  各を被遣手間を取可申候思様に成間敷候左  様に可被心得伊豆守武州忍之城成由を攻多  る時人数勇ま春下知を聞兼たり伊豆守帰陣  して夜にあの様成る腰抜斗を与りて御付候  今度不勇由申た連は安芸守若輩者之何を不  知事をいふ去年後連を取たる故也一度後連  ては三年は失怒者と申候由今度島原も内膳  は討死する人数は損春を?き里てある間人  数勇まし手間をとり可申候間其分別をして  御戯候得与申候真田忍之城攻前に何連之時  か人数をくれたるを有由 島原征伐始末別記曰正月十二日 旧冬ゟ悪党