キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [6] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [6] - ページ 98

ページ: 98

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 づき雪觴を傾け忍邊尤渥し   十七日辛亥 松平甲斐守輝綱天草日記曰十七日為 上使市  橋三四郎来着 松平伊豆守島原陣之覚曰二月十七日市橋三四  郎為 上使来着 御書判之御内書持参 勇功記曰二月十七日之辰之刻に市橋三四郎殿下  着有て有馬父子其外之面々を召集而三四  郎殿被仰渡けるは面々当地に在陣之事大  儀に 思召之旨但各勲功を思急迫に城を  抜んとせは死傷春る者可多此所を能々相  謀有て無越度要様に可被下知扨亦玄蕃頭は  老躰成るに 御推量之外早く有馬へ被下  着 御喜悦に被 思召也殊更元日之城  責に手之者餘多討死させ定而不便に可被存  先日江戸を被立之時は兵部太輔手前に於て  はさせる粉骨無りし様に被 思召御褒  美無のみなら須聊  御機嫌悪しき  様にて皈て参遣せら類扁し更御ふ審