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翻刻
せんさく有仏法の構なしに寺は持へく共持ましき共心次第にし
て村里にては庄屋肝煎に急度吟味可仕候連〻油断仕間
敷段被仰付候はゝ何より能知可申候大方うさん成者ありても
愚僧か受に立受取てゆるす事なれは在家ゟ其上をもとく
へき様もなし日本の国を衰微せしめ乱世をまねく仏法を
弥助けまし給へは切支丹は手をもよこさす仏法に先
はしりさせて日本を以日本をうつ也 武士云先日承候
京都ニて一年の寺の作事料銀五千貫との積の事本
願寺宗に語候へはいや〳〵それはあしき積ニて候本願寺
一寺の作事にたに三万貫目は入侍りたゝ一にても六七年
の入用は持侍り中〳〵一年五千貫目等といふ事は有間敷〳〵
と是は仏法の繁昌を悦ひて申侍り 社家云いかにも左
やうにて有へく候へとも我等なと申事は仏をにくみていふ様に
人きゝ侍れは少にても過をいへは人信せさる故に仏氏
の罪のほとよりは内ばをとりて申なり
此書は熊沢了海の所著也友人目黒生より
借而写之畢
天明戊申九月写之 南合義之
右宇佐問答は南合義之立教館へ上られし本とて
拝借の本の内に見えたり了海の見識を見るに便あれは
天保改元極月廿五六七八日のすさみうつしぬ 鶯宿