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殿町《割書:田町之辻ゟ|土手岸迄》東西六十八間 浄土寺屋敷東町 南北六十九間
三崎通 東西百七十間 三崎御門外ゟ照源寺迄 五百九十間
同所ゟ大市丸東端迄弐百五十三間 同所ゟ堤原西ノ端迄 弐百十三間
今一色中町東西九十壱間 同寺町 南北百六十八間
寺町南之端ゟ瓦師口迄南北五百十弐間
春日社地 東西六十間余 南北廿五間余
矢田町より八幡社迄 南北百四十六間
文政三年執徐夏五 桑■【名?】魯鎬菴 撰
一文化十二乙亥年 東照宮様二百回御神忌於日光山勅会也其節
近衛様五月末頃東都を御出立御坐候へき其節
御台様より御名残ニ
かへり行君か都の空迄も見送る月はうらやまれぬる と詠し給
ひし由世間にもてはやせしを歌に記す
一文政七申八月十九日 大守様御舟ニて町屋川外海辺へ被為
入之御詠のよし
大君の恵の海に舟■てなお幾秋も長く栄ん
一大雅堂年歯五十にして賀の祝をしたり其時掌指に墨
をぬりて紙に押其上へ
年問はゝ片一方の手は明ケの春 右の句を書たるとそ
一八天宮は聖天摩利丈夫弁才天毘沙門天第六天之類八ツ
を合て八天宮と云と長円寺魯鎬の見せたる其説ニ異也
龍宝山妙見寺奉納 高林坊 風眼坊 栄意坊