翻刻
「右帖」
右之趣江戸より御差図有之尤長門小倉も此方
様ゟ御取遣之御書通在之福岡に而も御評儀之上
若松表江茂海陸共に御人数を段々に被差立唐船漂泊
に海辺浦之村々へも?(朱字 高)下之役人を被差越候事
一 小石脇田浦ゟ唐船漂流之場所へ程近に付同年四
月朔日御足軽頭被相増被差立
小石村多久次郎右衛門に相加る
御足軽九人鉄砲玉薬持参
脇田浦三木弥六に相加る
右同断
「左帖」
一 小石村ゟ流出る川水し唐船ゟ遠目金に而見付候哉さん
はを遣し唐人夜中に来り水を取三(さん)板(は)に汲込漕帰る此旨福
岡へ及注進候得は水之手近辺に木屋をかけ足軽を
番に昼夜差出人夫に夜は篝り焼を焼せ水(朱字 水)取候せ申間敷由
申来る併唐人を打擲を致し怪我杯致させ申間敷と福
岡ゟ被申参
一 若松海上押桜野左平次?(朱字 広)沢三右衛門に相加り可申由
船にて若松へ被差立御足軽頭三人四月二日福岡出船
乗り船四拾挺立
御足軽八人鉄砲玉薬持参