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からず異国の辱しめに遇しハ開闢以
来初てなり弘安の頃ハ壱岐對馬の二嶋ハ
異人に攻取られし也然るに少しも疑心
を生せす終に打破りし也一度も兵を交
し事もなし蘭学者恐赫のをとし【「とし」右旁に「本ノマヽ」】らくらい
挙国戦栗して腰抜たり末世とは云なから
餘り卑劣なる事ならすや外藩の諸侯の手
前を恥る也と云事を止メされハ四海一家
とは云へからず体裁にのミ苦むハ愚朦の
極メと云へし万事諺に云負をしみに
いふ事をやめさへすれは武備に充実す
へし下向を恥ち同し了簡の者斗の評
議俗に云小田原評定と云もの也北条氏政
関八州を領して武道の心掛真ならず関左
の大軍ハ有なから上杉謙信か八千の小勢
にて城下迄攻入られしかとも評定決せず
小田原の城蓮池門も打破られしなり
一御国の為と云事人々云へとも御国の
大切君を大事とは夷人の奴僕に成
ても国中の人も損せす君の御命全
く自身にも壽命の盡る迄ハ甘き物を
食ひ居らんと思へるが御国の為成や
又ハ日本国をハ少しも異国のもの共に
穢させすたとへ人種ハ盡るとも異人の
侮りを受さるが御国の為成や我等は