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計略被申上候ゟ 朝庭【ママ】の御騒と相成其後も毎々此妄
言を以 至尊を欺奉り 宸襟を悩め奉り候事
律条ニ依而糺し候ハヽ万死にも余りある大罪ニ候得共三公
方を始め高位高官之御方々多く逆徒之虚言ニ被
欺一旦御同意被成候上者重科ニ不忍翌未年二至
罪状之実事を不被挙事軽く御仕置相成候も全
公邊ニおゐて 天朝を御尊崇之故ニ候然るを逆賊共
自ら虚妄之偽言を以 天朝を欺奉り
宸襟を悩め奉り候者 天朝をも蔑如し奉り堂上
方を誑惑被致候所業ニ有之候を
幕府執政方之所持之如く唱候者天地掛隔之相違
言語道断之申条ニ候其上北条足利之逆政を引又
外夷親睦之讒言者去ル巳年以前ニ打出候事ニ而
京都江申上候者翌午年二月の事ニ候へ者掃部頭殿
御大老職仰蒙られ候而後同六月頃ゟ其妄言を以唱所々
悪行者皆御大老之斗の如く讒し候而世間を欺候を以
相考候へ者内実其人も指んニ而無之全樞要之御役人之
名を出して 公邊を讒する明證也然者御大老
御老中方江も乱妨致候事をも内実者
公邊之威を挫く為之悪行ニ而叛心顕然なる物ニ候
之処 幕府江對し奉り異心を挟候義ニ者無之と者
余り之虚言ニ候其異心之次第者追々可弁候〇只
管戎狄を致恐怖候心情より慷慨忠直之義士を
悪ミ云々忠直之義士と者己が悪逆之徒をさして
いふが忠といひ義と称するハ善ニ随ひ悪を懲しむる
名義ニ候得者自ら暴逆国賊之所業をして身命を
抛候とて 公江對し忠義之士抔と可申立道理無之况
虚妄之偽言を以世間を欺なから直と唱ふるハ所謂
杓子之意規ニ而実ニ世間を盲聾ニしたる妄言也
既神奈川條約調印之事も京都江者御大老の
所業の如くニ申立候得共自ら其欺候事を存居候而信州
松本権頭茂左衛門之弟山本貞一郎と申もの其頃江戸
住居ニ而和歌を業として罷在候其者隠謀之徒ニ与し
去ル午年六月頃より京都江登り専ら周旋致堂上