翻刻
種痘(しゆとう)活人(くわつにん)十全弁(じうぜんべん)
痘瘡(はうそう)は至極(しごく)の大厄(たいやく)にして。小児(しように)の死(し)する事 此(この)病(やまひ)より
甚(はなはだ)しきはなし。古(いにしへ)より医(い)俗(ぞく)共に恐(おそ)るゝものこれに過(すぎ)
たるなし。往事(わうし)【左ルビ「すぎさりし」】は姑(しばらく)おいて論(ろん)せず。弘化三年丙午の春
より。痘瘡大に流行(りうかう)し。悪症(あくせう)殊(こと)に多く。死亡(しぼう)する者 亦(また)夥(おびたゝ)
し。予(よ)も日夜これが為(ため)に奔走(ほんそう)して。聞見(ぶんけん)する所(ところ)亦 頗(すこぶる)多
し。先(まづ)序(じよ)熱(ねつ)強(つよく)。人の見別(みさかい)もなく。譫語(うはこと)のみにて。狂(くる)ひ躁(さわ)ぎ
或は血(ち)をはき。血を下し。或は紫斑(むらさきのはん)を発し。痘瘡は皮膚(かわ)
の中にありて。見(あらわ)れざる者は。二三日にして死し。或は
六七日に至りて死す。」又痘瘡 出斉(でそろへ)たれ共。細(こまか)にして。漆(うる)