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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之6 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之6 - ページ 61

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【右丁】    《割書:範頼(のりより)は或坊(あるはう)に小袖(こそて)に大口計(おほくちはかり)にておはしける差詰(さしつめ)引詰(ひきつめ)散々(さん〳〵)に射(い)ゐひける|寄手(よせて)多(おほ)く射殺(いころ)さる其後(そのゝち)矢種(やたね)尽(つき)けれは坊(はう)に火(ひ)をかけ自害(しかい)してそ失(うせ)られける》    《割書:其後(そののち)景時(かけとき)煙(けふり)を静(しつ)め範頼(のりより)の焼首(やけくひ)取(とり)て鎌倉(かまくら)に持(もち)て行(ゆき)頼朝(よりとも)に見せたてまつる|とあり鎌倉志(かまくらし)に云(いは)く其(その)級(くひ)を此地(このち)に葬(はふむり)し欤(か)未詳(いまたつまひらかならす)とあり》  題太寧寺六首          絶海   寺樓一抹晩江煙  朝送鐘聲落釣舩   老矣心身機事外  間鷗容我社中眠   残暁香消柏子煙  老来無夢趂漁舩   聞君去借江村宿  一夜鷗辺看月眠   六浦遙連三浦煙  趂風隨岸幾移舩   興来撑棹竆佳處  月落前湾猶未眠   山街夕日水籠煙  雪後蘆花月満舩   盖世功名身外事  幾人能得一菴眠   衲衣懶惹御爐煙  還愛華亭載月舩   晩興遅留江上寺  三山翠映白頭眠   功名盖世畫凌煙  失墜危於灔澦舩   一錫歸来楓外寺  白沙翠竹閉門眠  當寺(たうし)書院(しよゐん)は北(きた)に向(むか)ふ瀬戸(せと)の入海(いりうみ)を眼下(かんか)に臨(のそん)て風光(ふうくわう)殊(こと)に 【左丁】  勝(すく)れたり寺寶(しはう)に範頼(のりより)自筆(しひつ)の古哥(こか)の懸幅(けんふく)及(およ)ひ陣中(ちんちう)用(もちひ)  られたりと云(いふ)長刀(なきなた)一振(ひとふり)あり 筥根(はこね)権現社(こんけんのやしろ) 瀬崎(せさき)の東(ひかし)室木村(むろきむら)にあり又(また)民家(みんか)の間(あひた)に犬樟(いぬくす)の  老樹(らうしゆ)あり 雀(すゝめ)か浦(うら) 同所(とうしよ)の南(みなみ)の出崎(てさき)をいふ菅神(かんしん)の小祠(しやうし)あり故(ゆゑ)に土人(としん)は  天神崎(てんしんかさき)とも称(しよう)す此地(このち)の海湾(かいわん)を浦(うら)の江(え)と云(いふ)  巾着巖(きんちやくいは)《割書:同所(とうしよ)絶壁(せつへき)の下(した)にありて大さ二 間(けん)四方 斗(はかり)の盤石(はんしやく)なり潮(しほ)尽(つき)|たる時(とき)は形(かたち)全(まつた)くあらはる形(かたち)にわりて土人(としん)かりそめにまうけたる名(な)也》  根附巖(ねつけいは)《割書:同所(とうしよ)百歩(ひやくほ)はかりを隔(へた)てゝ西南(にしみなみ)の方(かた)の崖下(かいか)にあるをさして|しか名(なつ)く大さ六尺あまりの巖(いは)なり潮(しほ)盈(みつ)る時(とき)はみえすこれも》  《割書:前(まへ)の巾着岩(きんちやくいは)に|比(ひ)してその名(な)なり》 榎戸湊(ゑのきとのみなと) 刀切村(なこきりむら)の南(みなみ)の入海(いりうみ)を云(いふ)  回國雜記 浦川(うらかは)の湊(みなと)といへる所(ところ)に至(いた)るこゝはむかし       頼朝卿(よりともきやう)の鎌倉(かまくら)に住(すま)せたまふ時(とき)金澤(かなさは)榎戸(ゑのきと)       浦川(うらかは)とて三つの湊(みなと)なりけるとかや    榎戸はさゝはりてみす浦河に門をならへてみゆる家々 道興准后