翻刻
【右丁】
《割書:範頼(のりより)は或坊(あるはう)に小袖(こそて)に大口計(おほくちはかり)にておはしける差詰(さしつめ)引詰(ひきつめ)散々(さん〳〵)に射(い)ゐひける|寄手(よせて)多(おほ)く射殺(いころ)さる其後(そのゝち)矢種(やたね)尽(つき)けれは坊(はう)に火(ひ)をかけ自害(しかい)してそ失(うせ)られける》
《割書:其後(そののち)景時(かけとき)煙(けふり)を静(しつ)め範頼(のりより)の焼首(やけくひ)取(とり)て鎌倉(かまくら)に持(もち)て行(ゆき)頼朝(よりとも)に見せたてまつる|とあり鎌倉志(かまくらし)に云(いは)く其(その)級(くひ)を此地(このち)に葬(はふむり)し欤(か)未詳(いまたつまひらかならす)とあり》
題太寧寺六首 絶海
寺樓一抹晩江煙 朝送鐘聲落釣舩
老矣心身機事外 間鷗容我社中眠
残暁香消柏子煙 老来無夢趂漁舩
聞君去借江村宿 一夜鷗辺看月眠
六浦遙連三浦煙 趂風隨岸幾移舩
興来撑棹竆佳處 月落前湾猶未眠
山街夕日水籠煙 雪後蘆花月満舩
盖世功名身外事 幾人能得一菴眠
衲衣懶惹御爐煙 還愛華亭載月舩
晩興遅留江上寺 三山翠映白頭眠
功名盖世畫凌煙 失墜危於灔澦舩
一錫歸来楓外寺 白沙翠竹閉門眠
當寺(たうし)書院(しよゐん)は北(きた)に向(むか)ふ瀬戸(せと)の入海(いりうみ)を眼下(かんか)に臨(のそん)て風光(ふうくわう)殊(こと)に
【左丁】
勝(すく)れたり寺寶(しはう)に範頼(のりより)自筆(しひつ)の古哥(こか)の懸幅(けんふく)及(およ)ひ陣中(ちんちう)用(もちひ)
られたりと云(いふ)長刀(なきなた)一振(ひとふり)あり
筥根(はこね)権現社(こんけんのやしろ) 瀬崎(せさき)の東(ひかし)室木村(むろきむら)にあり又(また)民家(みんか)の間(あひた)に犬樟(いぬくす)の
老樹(らうしゆ)あり
雀(すゝめ)か浦(うら) 同所(とうしよ)の南(みなみ)の出崎(てさき)をいふ菅神(かんしん)の小祠(しやうし)あり故(ゆゑ)に土人(としん)は
天神崎(てんしんかさき)とも称(しよう)す此地(このち)の海湾(かいわん)を浦(うら)の江(え)と云(いふ)
巾着巖(きんちやくいは)《割書:同所(とうしよ)絶壁(せつへき)の下(した)にありて大さ二 間(けん)四方 斗(はかり)の盤石(はんしやく)なり潮(しほ)尽(つき)|たる時(とき)は形(かたち)全(まつた)くあらはる形(かたち)にわりて土人(としん)かりそめにまうけたる名(な)也》
根附巖(ねつけいは)《割書:同所(とうしよ)百歩(ひやくほ)はかりを隔(へた)てゝ西南(にしみなみ)の方(かた)の崖下(かいか)にあるをさして|しか名(なつ)く大さ六尺あまりの巖(いは)なり潮(しほ)盈(みつ)る時(とき)はみえすこれも》
《割書:前(まへ)の巾着岩(きんちやくいは)に|比(ひ)してその名(な)なり》
榎戸湊(ゑのきとのみなと) 刀切村(なこきりむら)の南(みなみ)の入海(いりうみ)を云(いふ)
回國雜記 浦川(うらかは)の湊(みなと)といへる所(ところ)に至(いた)るこゝはむかし
頼朝卿(よりともきやう)の鎌倉(かまくら)に住(すま)せたまふ時(とき)金澤(かなさは)榎戸(ゑのきと)
浦川(うらかは)とて三つの湊(みなと)なりけるとかや
榎戸はさゝはりてみす浦河に門をならへてみゆる家々 道興准后