翻刻
じたひにおよひけれとも佐の右衛門しゐて理(ことは)りを述(のへ)け
れは十 余(よ)人の相番も止(やむ)事を得かたく各(をの〳〵)受納(じゆのう)して
誠(まこと)に心懸(こゝろがけ)あつき士(さむらひ)なりとて感(かん)じあひけるとなん此
事 無下(むげ)にをきことにて首(くび)ねちれたる人の縁者(えんじや)
つか?き?の人の物語なり
長慶(てうけい)寺百川和尚猩々 呑(のみ)の事
短歌行(たんかこう)に曰(いわく)酒(さけ)に対(むかつ)て当(まさ)に歌(うた)ふべし人生(じんせい)いくばく
ぞ譬(たとへ)は朝露(あしたのつゆ)のごとし憂思(ゆうし)忘(わす)れ難(かた)し何(なに)を以(もつて)か
愁(うれい)を解(とか)ん唯(たゞ)杜康(とかう)有とは今はむかし江都(こうとう)深川(ふかかわ)
に長 慶寺(けいし)といへる済家(さいか)の寺ありその住寺(じうし)を百川(ひやくせん)
和尚(をしやう)とて遠国にならびなき大酒(たいしゆ)にて殊に禅学(ぜんがく)に
達(たつ)し頓智(とんち)発明(はつめい)にして更(さら)に貪着(とんぢやく)なき住持(ぢうじ)
なれは貴賎(きせん)によらず酒(さけ)このむ者は寺へも行又手
前へも請待(せうだい)して酒を呑合(のみあふ)けるに此和尚いづかたへ
行て呑(のま)れともつゐに顔(かほ)の赤(あか)ふ成し事なくまして
酔(ゑは)はれたる体(てい)を見たるものなし心安き同宿などは
折にふれてははふれいかほど酒をまいれば酔(ゑい)給ふぞと
とへは和尚わらひて此寺へ入院(じゆゐん)已然(いぜん)諸国 偏参(へんさん)の
時分(しぶん)伊豫(いよ)国 何郡(なにごふり)とかやに行しに楽助(らくすけ)といひし