翻刻
何国(いづく)迄も御 縁者(ゑんじや)たりといと頼母敷(たのもしく)いふにそ
正蔵もうれしくて左も候はゝともかくも御心に任(まか)せん
と互(たがひ)に別(わか)れぬやかて其日に成ぬれはまだ夜をこ
めて高砂を立出いつしかならはぬ旅路(たびぢ)の行衛(ゆくゑ)遠(とふ)
き東(あづま)なるみちのくさして下りける折秋 最中(もなか)にて
草(くさ)むらことに露(つゆ)おもく風にもまるゝ萩(はぎ)の枝(えだ)も
たはゝにぬししらぬ蘭(らん)のなつかしき香(か)にも古郷(ふるさと)を
忍び女郎花(をみなめし)多き野辺(のべ)は落馬(らくば)の用心せよと
たはふれ秋田かるてふ賎(しづ)のかしこき御 恵(めぐみ)
に道すがらの民(たみ)の賑(にぎ)はふ家居もしげく立続(たちつゝき)
たるに心もいさみて豊年の忝【?】多く稲(いね)多し爰に
高き廩(くらたそかれ)に山路をたどり野を過れは
行に端(は)山も紅葉しむら〳〵のにしき雁(かり)の友よび
行さま妻こふ鹿(しか)の声遠寺(ゑんじ)の晩鐘(ばんしやう)道(みち)を急
ぎ袖さむき黄昏(たそかれ)に山路をたどり野を過れは
誠(まこと)に山遠くして雲 行客(かうかく)の跡を埋(うづみ)日(ひ)を経(へ)て二
本松といへる所に到(いた)りぬこゝにしたしき一 族(ぞく)ありて
しばらく旅(たび)のつかれをなくさみぬひとひ二日と立
て初時雨(はつしぐれ)身にしみて覚へける折しも正蔵風
の心地とて衣などあつく着 補(おきな)へと次第に重(おも)く