翻刻
心の浅(あさ)からぬゆへと思ひとりて無下に情(なさけ)なくもも
てなさず親(おや)の為(ため)には君契情(きみけいせい)に身(み)を売(うり)ても孝(かう)を
つくすこそいみぢからめとさのみつらくももてなさ
ずいつとなくふかき中とはなりぬ元来(ぐはんらい)此五平次よく
ふかき性得(しやうとく)にて行(おこな)ひ不道(ぶとう)に博奕(ばくゑき)を業(ぎやう)としてし
かも其(その)術(じゆつ)に妙(めう)を得(ゑ)て近年(きんねん)田畑(でんばた)を数多(あまた)買(かい)求(もと)め
家僕(かぼく)多(おふ)く召使(めしつか)ひ家(いゑ)富(とみ)奢(おごり)に長(てう)じ妻(さい)有ながら
妾(せう)二人迄 抱(かゝへ)置(おき)けりかゝる名聞(めうもん)利欲(りよく)にふける者(もの)故(ゆへ)
貧(ひん)家の娘に慕(した)ひよりて金銀(きん〴〵)を費(ついや)す事大き
なる損(そん)なりと思ひめぐらし浪人(らうにん)へ遣(つかわ)したる物(もの)とも
取(とり)戻(もど)したき気(き)も出来(てき)最初(さいしよ)は此娘ゆへならは
命(いのち)をも打捨(うちすて)なんと一 途(づ)に思ひ込(こみ)し渕(ふち)今は
瀬(せ)とかはりはてかれ〳〵に成りけるを娘うらみわ
びて書こしける文さへ見るもうるさくて
そのまゝ打捨 置(おく)程(ほど)になりけるこそあさまし
けれ此浪人の所持に左文字(さもじ)の刀(かたな)ありかく落(おち)
ぶれたれ共此一 腰はたしなみ持けるを五平次い
つの間に見置けん浪人へすゝめ此刀を売(うら)せ
其代金の中にておのれか合力(かうりよく)せし物共引取
らんとぞたくみけるに其頃此国の守(かみ)の家士(かし)の