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【右丁】
一/矢部刑部允(やべぎやうぶのぜう)相撲の事
一/原大隅守(はらおゝすみのかみ)相撲の事
一/蒲生氏郷(かまふうぢさと)相撲の事
一/織田信長公(おだのぶながこう)相撲御覧の事
一/豊臣秀次公(とよとみひでつぐこう)相撲御覧の事
【左丁】
古今相撲大全(ここんすまふだいぜん)巻之中《割書:末》
河津祐泰(かはづすけやす)俣野景久(またのかげひさ)相撲の事
安元二年十二月。伊豆。相模両国の者(もの)ども。おの〳〵奥野(おくの)の狩(かり)
して。柏峠(かしはとうげ)にのぼり。酒宴(しゆゑん)をまふけ。興(けう)に乗(ぜう)し。大なる石を持(もち)
などして。力(ちから)をくらべなぐさみしが。海老名源八秀定(ゑびなげんはちひでさだ)申やう。某(それがし)が若(わか)
ざかりには。狩漁(かりすなどり)の帰(かへ)りには。かならず相撲を取。或はちから挍(くらべ)など
をこそ興(けう)としつれ。今も若(わか)きかた〴〵は争(いかで)かくるしく□□□【候べき】。
各(おの〳〵)取給はゞ。源三(げんざう)膝(ひざ)ふるふとも。出(いで)て行事(ぎやうじ)をせんといひけれ□□【ば。老(らう)】
若(にやく)酒狂(しゆきやう)してしかるべしと同(どう)じける。其とき實平(さねひら)。滝口殿(たきぐち[どの])