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兎角(とかく)の返答(へんとう)にもおよばず。伊豆。相模の人々此/恥辱(ちじょく)は。伊東
三浦にこそ留りたれと。囁(さゝやき)て誰(たれ)か彼(かれ)かといふにもあらず。
河津三郎こそとつぶやきしかども。祐泰(すけやす)は智仁勇(ちじんゆう)の徳
ありとて。伊東よりは重(おも)んじ敬ひける間。諸人/心(こゝろ)には思ひながら
出て取れといふものなし。河津氏/景色(けしき)を悟(さとり)て。土肥にさゝや
きけるは。今日の御酒宴(ごしゅゑん)は興(けう)に乗(ぜう)じ。老若(らうにやく)の隔(へだて)なく候はば。祐(すけ)
泰(やす)も出て一番取候はんか。空しく帰(かへ)るべきも。又/無戯(むげ)にや
候べき御指図あれかしといひければ。實平(さねひら)聞て今俣野が
詞(ことば)の笑止(しやうし)さにこそいふらん。若此上に河津/負(まけ)ば大なる恥辱(ちじよく)
なれとおもひければ。兎角(とかく)の返答(へんとう)にもおよばず。只/赤面(せきめん)し
てぞ見えたりける。伊東(いとう)是(これ)を聞て神妙(しんひやう)に申つるしかる。
たとへ負ても恥ならぬぞ。出て。俣野殿と御相手に罷なれ
といはれければ。河津かしこまり候とて。直垂(ひたゝれ)を脱捨(ぬぎすて)。小袖一つの
上を。手綱(たづな)二筋(ふたすじ)田字に廻して強(つよ)く縮(しめ)。俣野殿の御/手柄(てがら)
申も中〳〵餘(あまり)あり。河津が御相手に出ること不足に候はんずれ
ども。少は仕候べしとて出ければ。景久聞て出向ひ。相【撲を】
取に相手の名を呼(よぶ)ことやあるべきされども相手に/嫌(きらひ)【はなし。】
只(たゞ)天(あめ)が下におゐて力(ちから)のすぐれて強(つよ)からん人は御出候へとい【ふ】