東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 2

古今相撲大全 - 翻刻

古今相撲大全 - ページ 75

ページ: 75

翻刻

赤宮(あかのみや)《割書:稲荷大明神|勧請の所》の辺にて。晴天(せいてん)七日が間興行有し。是世に名 髙き髙野川原のすまふといへる是なり今に土俵/跡(あと)とて残り あり。勧進ずまふ初りて二度目の/旧地(きうち)なり。今宝暦十三年未迄 六十三年に成る。其後人皇百十五代。中御門院御宇。正徳五未年 十一月に。又/寺内(じない)破損(はそん)に付。光福寺六代目の住僧。順栄和尚(じゆんゑいおしやう)先年 の例(れい)を以御願申上られ。御免あつて。翌正徳六申年に真葛原(まくずはら)に おゐて。晴天十日が間有。今宝暦十三未年迄。四十八年に成る。 是より己來勧進相撲相続して。近年は二条川原にて興 行あり年を追て繁栄(はんゑい)す 江戸/勧進(くはんしん)ずまふの始は。人皇百十代明正院御宇。寛永元子のとし。 明石志賀之助といへるもの。初て寄(よせ)相撲と号(なづけ)。四ツ谷塩町におゐ て。晴天(せいてん)六日興行いたせしか。最初(さいしよ)なり。今宝暦十三未年まて。百 三十九年に及ぶ。其後/故(ゆへ)あつて三十七年/中絶(ちうぜつ)し人皇百十一代。 後西院御宇。寛文元丑年すまふ年寄申合。御願申上。御赦免 有しより相続す。今年迄百三年に成る 大坂勧進ずまふの始は。人皇百十四代。東山院御宇。元禄五申年に 袋屋伊右衛門といへるもの御願申上。初而南堀江高木屋橋筋立 花通にて興行せしが最初なり。其時の場所は四十間四方にて。