Code4Lib JAPAN ✕ みんなで翻刻

コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

豊橋志要 - 翻刻

豊橋志要 - ページ 48

ページ: 48

翻刻

【右頁】                     六十六 特別議員 大口喜六    仝    福谷元次 仝    伊東米作    仝    永井仙十 仝    白井直次     -~~~~~~~~~~-    モ 市内案内(○○○○) 吉田神社   吉田神社は大字關屋にありて歩兵第十八聯隊兵營と相隣り素盞嗚尊を祭  る往時吉田の午頭天王と稱せしは即ち之なり此社創建の月日詳ならずと雖も鎌倉覇府  の初石田次郞爲久と云ふ者來りて鎌倉の相馬天王を勸請したるに初まれりと傳へ又賴  朝の臣安達盛長の三河を守護するや社殿を造營し社領を寄附せりと云ふ後今川氏親の  臣牧野古白今橋城を築くに方り此社を崇敬して鎭守とし今川義元亦た神輿を奉納し社  殿の棟札には大擅那今川義元と記せるものあり今の社頭は松平信祝之を造營し石華表  は松平資訓の建設せしものにして天保六年十月廿四日正一位の宣下あり此社天文十六  年祭式の再興ありてより例年六月十三、四、五、を以て祭儀を行ひ十三、四日は煙火あ 【左頁】  り昔時は藩主より令して東海道の往來を止め市中に於て盛に煙火を催せしものにして  所謂吉田の花火之なり今尚其餘風を存す又十五日は神輿の渡御あり賴朝及其傳母と稱  するもの二騎外に從者十二騎出でゝ之に從ひ又た饅頭食ひと稱する武者一騎あり笹踊  と稱するは錦繡を纒ひ三人相角逐して踊る其風鎌倉時代の田樂に由來せるものと覺ゆ  明治四十一年以來祭日を陽歷七月十五日に改む鄕社に屬す 神明社    大字東田にあり此邊の地は古來薑の鄕と稱し太神宮の神領地に屬せり鄕  社にして社域千百八十餘坪あり森林蓊鬱として頗る森嚴なり鄕社に列す 神明社    大字中八にあり元城内に鎭座せしが歩兵第十八聯隊の此地に置かるゝに  方り其練兵場敷地に相當し今の處に遷座せり天照太神を祭り社域六百九十餘坪を有す  明應六年の棟札に飽海新神戸とあり又慶長八年德川幕府より社領三十石を寄附せらる  每年二月十四、五日を以て例祭を行ひ神輿の渡御に天狗の面を被れる武者赤鬼を追ふ  の事あり鬼祭と稱するは即ち之なり 八幡社    は大字中八にあり神明社と相接す社域三百餘坪あり舊來城内にありて其                     六十七