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【右頁】
六十八
附近を八幡町又た八幡小路等と稱せしが十八聯隊練兵場の設定に方り神明社と共に今
の處に遷座す祭神は仲哀應神二帝及神功皇后なり每年九月十日を以て例祭を行ふ
神明社 大字湊にあり創立頗る古く永祿四年今川氏眞社領を寄附し慶安二年八月
朱印十石を寄附せらる境域千百四十餘坪あり市杵島姫社初め末社十五座あり境内の園
池は寛文の頃茶道宗偏流の祖山田宗偏が設計せし處にして雅趣に富み蓮花の候は笻を
曳くもの極めて多し
神明社 大字紺屋にあり俗に之を野口の神明社と稱す天正年中の創建なり社域三
百餘坪
白山社 大字新錢にあり近來社殿を改造して壯觀を盡せり社域三百四十餘坪伊弉
冊尊を祭る每年七月十八日を以て例祭とし其花祭と稱するものは舊來頗る著名なり
八幡社 大字花田字羽田にあり創立極めて古く今川義元以來武將の寄附狀あり社
域八百九十餘坪其傍に祠官羽田野氏の宅にあり先代敬雄翁は榮樹と稱し平田篤胤の門
人にして篤學の聞高く庭内に文庫を起し名けて羽田文庫と云ひ圖書一万三百餘卷を藏
【左頁】
せしが近來保存の道を失ひ其散逸を見るに至れるは誠に惜むべきなり
安海熊野社 大字魚にあり伊弉諾尊外八神を合祀す天文廿二年今川義元本社を造營
し社領を寄附す每年七月八日を以て祭式を行ひ社側の舞臺に於て能樂を催す末社五座
あり
豊城神社 大字東八にあり源賴政を祭る正德二年松平伊豆守信祝古河より之を移し
て城内二の丸の地に祀りしが廢藩後舊藩士等藩主に請ひて終に今の處に遷座し每年五
月廿六日を以て例祭を執行す社域貳百餘坪域内に演武場あり
秋葉神社 豊城神社の東に隣りて火產靈神を祭る豊城神社と同じく正德二年を以て
古河より遷座す舊來は城内にありしが明治十八年今の處に遷座す
天神社 大字新錢にあり菅公を祭る社殿の天井に渡邊華山作月中の雁あり今は取
外して重寶とす之に添へたる書狀も亦た共に秘藏せり
鞍掛神社 は大字岩崎にあり森林蓊鬱として年を經ること久し建久元年源賴朝上洛
の途次雲の谷普門寺(今二川町の域内に屬し此處より山脈を超へ程里僅に十餘町の處
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