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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

豊橋志要 - 翻刻

豊橋志要 - ページ 52

ページ: 52

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【右頁】                     七十四  て橋柱の文字は時の縣令國貞廉平の筆なり 新錢座の跡   寛永十四年八月幕府寛永通寶の鑄造所を水戸、仙臺、吉田、松本、高  田、長門、備前、豊後、中川内膳正領の九ヶ所に設く今其跡を詳にせざるも獨り新錢  町の名は尚其附近に殘れり 時習舘舊跡   は大字西八町にあり舊大手の衝に當り今八町高等小學校のある處なり  同校は目下敎室十八外に雨中躰操室職員室等を有し現在生徒四百五十二名あり時習舘  は舊吉田藩校にして同舘の圖書は其一部今尚ほ同校に存す 歩兵第十七旅團司令部    は歩兵第十八聯隊練兵場の東にあり明治三十年十月初め  て之を設置せらる 歩兵第十八聯隊練兵場    は兵營の東にあり面積凡そ六万三千坪舊來士族屋敷のあ  りたる處にして宮下町、袋町、八幡町、東町、川毛町、土手町と稱せし地を廢して之  を設けり豐川の水流を縦に扣へて眺望絕佳なり 工兵第十五大隊兵營    は大字向山にあり明治四十一年第十五師團設置と共に此地 【左頁】  に置かる 軍人紀念碑   は大字東八歩兵第十八聯隊練兵場の南側にあり神武天皇の御銅像を安  置す高八尺五寸東京の鑄金家岡崎雪聲の鑄る處にして元豐橋町の有志者ら發起となり  豐橋町を初め駿遠三豆其他の醵金により之を建設す側に戰病死者の碑二基あり紀念碑  の篆額は彰仁親王の御筆にして撰文は桂陸軍大將なり明治三十一年五月十日宮内省よ  り特に御銅像建設を許可せられ明治三十五年十月廿七日金百圓を下賜せらる 繭糸市場   は大字札木、本、關屋等にあり近來此地方に於ける養蠶製糸の業は多大の  發展をなし殊に玉糸業者の如きは夙に組合を組織して共同試驗所を設け大に其改良を  圖りつゝあり春夏繭產出時の如きは市場の殷盛なる驚くべきものあり其組合事務所及  繭糸周旋會社幷に工場數の如き旣に記載せるが如し 魚市場    は大字魚にあり此地は古來魚鳥の賣買を以て殷盛を極め明治十二年初め  て株式により魚鳥會社を組織せしが益隆盛の機運に向ひ今は又斯に一會社を增すに至  れり此邊は魚鳥商極めて多し                     七十五