翻刻
【右】
頃(ころ)は天放(てんほう)二十三年/人間世界安楽(にんけんせかいあんらく)にして四海浪静(しかいのなみもしつか)に
吹(ふく)風の神もおとなしく万民無病息才(はんみんむひやうそくさい)なりしが天地運(てんちうん)
行(こう)の気(き)はのがれがたく一の殃害(わさわい)出て来たりその由来(ゆらい)を
尋れば享和(きやうは)三年/薬種療治之助攻有(やくしゆりやうぢのすけこうゆう)に責伏(せめふせ)
せられ西(にし)の海(うみ)に隠(かくれ)れ居(い)たりし麻疹鬼(はしかがみ)年(とし)〳〵厄払(やくはらい)か引(ひつ)
握(つかん)んでさらりさつと投込(ほうりこみ)し悪魔外道(あくまげとう)を集(あつめ)め人間世界(にんけんせかひ)を
犯(おかし)し脳(なやま)【ママ、○悩。以下同】さんと去年(こその)秋(あき)の末より風の神を頼(たのみ)み人〳〵の油断(ゆだん)
を見(み)すまし先襟(まづゑり)もとより責入(せめいり)背中腰骨(せなかこしほね)に至り(いたり)り腑中(ふちう)
に隠(かくれ)れ居(い)たる毒二郎(どくじろう)といふ溢者(あふれもの)と割符(わりふ)を合せ先(まづ)一/番(ばん)に
向井/肺蔵(はいぞう)か持分(もちふん)へ押込(おしこみ)嚏咳嗽(くさめせき)などを出(いた)し咽(のんど)を痛(いため)め
声(こひ)をからし又(また)赤木心之丞(あかきしんのぜう)か領分(りやうぶん)へ火攻(せめ)の大熱(たいねつ)を発(はつ)して
【左】
譫語(たはこと)忘言(むたこと)【○妄言】をいわせ或は胃蔵(いぞう)が構(かまひ)を水/責(せめ)にして泄瀉(くだ)し又は
大小/便(へん)両道(りやうどう)をとり塞(ふさ)きて不通(とをさす)さま〳〵手をかへて責脳(せめなやまし)し
その後(のち)毛穴皮上(けあなかわうへ)に押(おし)出し二十三年の蟄懐(ちつくはい)をはらし
楽(たのし)まんもし又ふ養生(ようせう)にしてつゝしまざるものあらは再(ふたゝび)ひ押入り
心のまゝに責脳(せめなやま)さんと評議既(ひやうぎすて)に一決(いつけつ)して正月の頃より大
都(と)端(はし)〳〵に押寄(おしよせ)せたり然(しかる)るに人間世界(にんけんせかひ)は久しく無事なり
けれは若(わか)きもの小児(ことも)ならは屁(へ)ともおもはす何のその麻疹(はしか)
とやらいか程(ほと)の事かあらんと平気(へいき)になりて居(い)たりけるに
三十以上の人は已前(いせん)に手ごりし何さま手当(てあて)せすはあるへからす
と覚(おほへ)へを取りたる薬種勢(やくしゆせい)を■催(もよう)しけれ第一/番(ばん)に升麻(しやうま)
葛根(かつこん)を尋(たつね)けるに此物(このもの)久しく人に用ひられ筵俵(むしろたはら)に包(つゝ)まれ【包われ?】