翻刻
燕子花
播種白花
燕子花 垣津は俊頼の萬葉草木異名集に顔吉花とあり考え経住樓詩
話に我邦の詩人かきつはたを彼邦の燕子花に充然るに貝原翁より 以降(このかた)物産家
も皆誤りを襲ふ宋の桐郷の未輔か著す溪蠻叢笑に燕子花は花紫《割書:本書に|紫苑|》
《割書:に作る|》全く類す於燕子に生す於藤を一枝燕子とあり生於藤をとあれは蔓生なり絶てかき
つばたに非らす本邦昔より杜若をかきつはたと訓す近比物産家杜若をやぶめうがに
充つるは稲若水翁以降也元神農本経に杜若《割書:やふめ|うが|》一名杜衡とあり爾雅に杜は《割書:かん|あふひ|》
土 也杜若杜衡二物燕子に充は非也漳州府志海澄 縣(けん)志等に燕子花は溪
蠻叢笑に云く紫花全く類す燕子に一枝燕子漳人名て為す紫燕ととあり生るめ於藤にの三
字を刪り此二書によりて燕子花をかきつはたに充又明の夏旦か葯圃同春三
月の部に 熌蘭(えんらん)即紫藤微に香しとあり此れを若水の 結髪(けつはう)居別集に燕子(かきつ)
花(はた)と 併(あわ)せて一とす形を云はされは詳ならされ共紫燕の花藇
葉の形微しく 蘭に似て紫花なれは熌蘭とせしも又可なるへし
甲申年皐月廿有四日
山田道望寫