翻刻
浮世(うきよ)源氏(げんじ)五十四情(ごぢふよしやう)中之巻
榊(さかき)
神垣(かみがき)はしるしの杉(すぎ)もなきものをいかにまがへてをれるさかきぞと野(の)の宮(みや)の辺(ほとり)なる仁木(につき)が仮(かり)のわび住居(ずまゐ)今(いま)は阿古木(あこぎ)も苦界(くがい)をのがれしばしは爰(ここ)に身(み)をよせつこれ
より伊勢(いせ)へ下(くだ)るべきこゝろがまへの用意(ようい)もとゝのひ早(はや)出立(しゆつたつ)のその日(ひ)さへひと日(ひ)ふた日(ひ)
となりしころ恋(こひ)しき人(ひと)の思(おも)ひもよらず忍(しの)びてこゝに問(とひ)給へば飛立(とびだつ)ほどに思(おも)へ
どもあなたこなたの義理(ぎり)合(あい)よりかまへてふたゝびまみへましと一端(いつたん)おもひ切(きり)し
身(み)のなまじ逢(あ)はんもうしろめたくさればとて此(この)まゝにつれなくなさんも本(ほ)
意(ゐ)ならじと心(こゝろ)に問(とひ)こゝろにゆるし逢(あへ)ば恋(こひ)しさいやまさり娘(むすめ)磯名(いそな)のおもはく
もまた空衣(からぎぬ)の手(て)まへさへついうち捨(すて)て月(つき)ごろ日(ひ)ごろ思(おも)ひきりてもわすられ
ぬ逢(あひ)し夜(よ)すがのうれしきを思(おも)ひ出(だ)すほとじれつたき情所(なさけどころ)へかの君(きみ)の昔(むかし)