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朝鮮(てうせん)征伐記(せいばつき)初編巻之二
朝鮮(てうせん)地方(ちはう)大略(たいりやく)の事(こと)
朝鮮(てうせん)地方(ちはう)。縣郡(げんぐん)の世々(よゝ)に異(こと)なる名号(めいがう)を考(かんが)ふるに。漢(かん)の武帝(ぶてい)元封(げんほう)三
年(ねん)右渠(ゆうきよ)が王命(わうめい)にしたがはさるを討伐(たうばつ)あつて。遂(つひ)に朝鮮(てうせん)の地(ち)を平(たいら)げ定(さだ)めて。
こゝにおいて。楽浪(らくらう)。臨屯(りんとん)。玄菟(げんと)。真蕃(しんばん)。の四郡(しぐん)を置(お)く。楽浪郡(らくらうぐん)の泊(とま)りはこれぞ即(すなは)
ち。故(もと)の朝鮮王(てうせんわう)右渠(ゆうきよ)が都(みやこ)する治所(ちしよ)として。また臨屯(りんとん)は故(もと)の東暆県(とうしけん)の治所(ぢしよ)。玄(げん)
菟郡(とぐん)はまた。故(もと)の沃沮城(よくしよじやう)と云(いひ)し府(ふ)にして。これを時(とき)の治所(ぢしよ)なりとか中(なか)ごろ夷(い)
貊(びす)のために所侵(おかされ)て。郡(ぐん)を勾麗(こうり)の西北(せいぼく)にうつしたり。漢(かん)の時(とき)といへども此所(このところ)の治(ぢ)
所(しよ)たることは同前(どうぜん)たりと聞(きこ)えたり。また真蕃郡(しんばんぐん)の治所(ぢしよ)たるは。霅県(げんけん)を以(もつ)て