翻刻
老せしなちよに八千代に呉竹の
駒のあしなみよしはやくとも
生玉にて
花や香にいく玉の緒の延ところ
高津宮
立ならふ浪花の花や飯けむり
東都市村座の初舞台は廿とせ
余りのむかし今彼都中の座の
大当に登あはせて此人にふかき
えにしのさちを得たる嬉しさに
老をわすれ小町か歌にすかりて
某之を賛してしかいふ
おもかけのかはらて花の江戸難波
兪也けりは西上人の覚珉獅【注】か
わか郷に来りしは三十とせちかき昔
にていよ〳〵芳名の三都に甲
堂寺妓楽をみる老の思ひ出たと
ふるものなく唯にくりことくりかへしし
【注:三代目 嵐 小六(あらし ころく、1741年(寛保元年) - 1796年5月6日(寛政8年3月29日))は江戸時代中期の歌舞伎役者。屋号は吉田屋。俳名に珉子・珉獅・小七=Weblio辞書】