翻刻
【右丁】
櫻川(さくらかは) 同所(とうしよ)愛宕(あたこ)の麓(ふもと)を東南(とうなん)へ流(なか)るゝ溝(みそ)川をしか名(なつ)く新(しん)
著聞集(ちよもんしふ)に昔(むかし)虎(とら)の門(もん)の辺(へん)より愛宕(あたこ)の辺迄(へんまて)悉(こと〳〵)く田畑(たはた)にて
畔(くろ)に櫻樹(さくらのき)幾株(いくかふ)ともなくありし其中(そのなか)を流(なか)るゝ故(ゆゑ)櫻川(さくらかは)と
いひしとあり《割書:下流(かりう)は宇田川橋(うたかははし)の方(かた)へ流(なか)れ又(また)三縁山(さんえむさん)に|傍(そ)ふて金杉(かなすき)の川(かは)へも落會(おちあ)へり》
摩尼珠山(まにしゆさん)真福寺(しんふくし) 櫻川(さくらかは)の西岸(さいかん)に傍(そ)ひてあり真義(しんき)の真言宗(しんこんしゆう)
にして江戸四箇寺(えとしかし)の一員(いちゐん)知積院(ちしやくゐん)【注】の触頭(ふれかしら)なり當寺(たうし)本尊(ほんそん)
薬師如来(やくしによらい)の霊像(れいさう)は弘法大師(こうほふたいし)の作(さく)なり慶長(けいちやう)の頃(ころ)甲州(かふしう)の領(りやう)
主(しゆ)浅野長政(あさのなかまさ)當寺(たうし)中興(ちゆうこう)照海(せうかい)上人をして自(みつか)らの等身(とうしん)に薬師(やくし)
佛(ふつ)の像(さう)を手刻(しゆこく)せしめ件(くたん)の霊佛(れいふつ)をは其胎中(そのたいちゆう)に籠(こめ)奉(たてまつ)ると
いへり《割書:毎月八日十二日は縁日(えんにち)|にして参詣(さんけい)多し》
愛宕山(あたこさん)権現(こんけん)社 同/南(みなみ)に並(なら)ふ世俗(せそく)城州(しやうしう)愛宕山(あたこさん)に同(おな)しといへ共
自(おのつか)ら別(へつ)なり本地佛(ほんちふつ)は勝軍地蔵尊(しようくんちさうそん)にして行基大士(きやうきたいし)の作(さく)
なり永(なか)く火災(くわさい)を退(しりそ)け給ふの守護神(しゆこしん)なり楼門(ろうもん)の金剛力士(こんかうりきし)は
【注 智積院の誤りでは 新義真言宗智山派総本山】
【左丁】
【図】
愛宕下(あたこした)
真福寺(しんふくし)
薬師堂(やくしたう)
此次二丁之図
愛宕本社に
至る迄/續画(つゝきゑ)
なり
【枠内】真福寺
【枠内】薬師堂
【枠内】弁天
【枠内】観音
【枠内】不動
【枠内】聖天