東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之3 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之3 - ページ 16

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【右丁】  《割書:正月/下河辺(しもかうへ)庄司行平(しやうしゆきひら)建立(こんりふ)と彫付(ほりつけ)てあり江戸/名所(めいしよ)はなしに日比谷稲荷(ひゝやいなり)の条下(てうか)に云く|此(この)宮地(みやち)は借地(しやくち)にてありしに既(すて)に断絶(たんせつ)におよふへき頃(ころ)稲荷(いなり)の神(かみ)宮守(みやもり)に告(つけ)て古来(こらい)よりの》  《割書:證拠(しようこ)なりとて鰐口(わにくち)ひとつを与(あた)へ給ふ宮守(みやもり)公(おほやけ)へ訴(うつた)へ此(この)證(しやう)によつて宮居(みやゐ)つゝかなしとあるは|當社(たうしや)の事を誤(あやま)りていふならん歟(か)或(ある)人云く明暦(めいれき)の回禄(くわいろく)に奇瑞(きすゐ)ありしかは其後(そのゝち)社(やしろ)の辺(へん)》  《割書:除地(ちよち)と|なるとそ》社司(しやし)山田氏(やまたうち)は柳営御連歌(りうえいおんれんか)の御連衆(おんれんしゆ)たり別當(へつたう)は快長院(くわいちやうゐん)と  号(かう)して本山方(ほんさんかた)の修験(しゆけん)なり祭禮(さいれい)毎年二月初午に執行(しつきやう)す《割書:幸橋(さいわいはし)御門に假屋(かりや)|を補理(しつらい)て神輿(しんよ)を》  《割書:移(うつ)す参詣(さんけい)群集(くんしゆ)して賑(にき)はへり|》  古河御所(こかこしよ)  足利成氏(あしかゝなりうち)願書(くわんしよ)一通(いつつう)《割書:當社(たうしや)に|蔵(さう)す》  稲荷大明神願書事   今度發向所願悉於成就者當社可遂修造願書   之状如件     佐兵衛督源朝臣   享徳四年正月五日   成氏判 藪小路(やふこうち) 愛宕(あたこ)の下通(したとほ)り加藤侯(かとうこう)の邸(やしき)の北(きた)の通(とほ)りを云(いふ)同所/艮(うしとら)  の隅(すみ)裏門(うらもん)の傍(かたはら)に少(すこ)しはかりの竹叢(ちくさう)あり故(ゆゑ)にしかいへりされと  其(その)来由(らいゆ)詳(つまひらか)ならす傳説(てんせつ)あれとも證(しやう)としかたし《割書:慶長(けいちやう)より寛永(くわんえい)の|頃(ころ)に至(いた)り細川(ほそかは)》  《割書:三斎侯(さんさいこう)此地(このち)に住(ちゆう)せられその庭中(ていちう)の|小池(こいけ)を三斎堀(さんさいほり)と号(なつ)くといふ》 【左丁】 藪小路(やふこうち) 【図】 【枠内】桜川