東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之3 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之3 - ページ 2

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【見返し】 【左丁】 三縁山(さんえむさん)増上寺(そうしやうし)廣度院(くわうとゐん)と号(かうす)関東浄家(くわんとうしやうけ)の総本寺(さうほんし)十八/檀林(だんりん)の  冠首(くわんしゆ)にして盛大(せいたい)の佛域(ふついき)たり百一代 後小松院(ここまつのゐん)の御願(こくわん)にして  開山(かいさん)は大蓮社(たいれんしや)酉誉(いうよ)上人/中興(ちゆうこう)は普光観智国師(ふくわうくわんちこくし)なり   《割書:十八/檀林(たんりん)は武総常野(ふさうしやうや)等(とう)に存在(そんさい)す/阿弥陀佛(あみたふつ)六八/本願(ほんくわん)の中(うち)第(たい)十八を|以て最勝(さいしやう)とするに因(ちな)み  御當家(こたうけ) 御称号(こしやうかう)松平氏(まつたひらうち)の松(まつ)や千歳(せんさい)を閲歴(えつれき)し|能(よく)雪霜(せつさう)におかされす又(また)君子(くんし)の操(みさを)ありてしかも太夫(たいふ)の封(ふう)を受(う)く其字(そのし)や|木公(もくこう)に従(したか)ふ細(こつか)にわかつときは十八公(しうはつこう)なり依(よつ)て是(これ)を弥陀(みた)の十八/願(くわん)にかたとり|給ひ精舎(しやうしや)十八/区(く)を建(たて)て永く栴檀林(せんたんりん)とし多(おほ)く英才(えいさい)を育(いく)して法運(ほふうん)無窮(むきう)の謀(はかりこと)を|設(まう)けたまひ御子孫(こしそん)永(なか)く安(やす)からん事は霜雪(さうせつ)の後(のち)松樹(しやうしゆ)独(ひとり)栄茂(えいも)する如(ごと)くとの|盛慮(せいりよ)に従(したか)ひ源家(けんけ)の御代(みよ)を浄家(しやうけ)の白旗流義(しらはたりうき)により千代万代(ちよよろつよ)まても守護(しゆこ)し|奉るへき旨(むね)を表(ひやう)し給ふなりとそ以上/浄宗護国篇(しやうしうここくへん)新著文集(しんちよもんしふ)等(とう)の意(い)を採摘(さいてき)す》  本堂(ほんたう)本尊(ほんそん)阿弥陀如来(あみたによらい)《割書:恵心僧都(ゑしんそうつ)の作(さく)にして座像(ささう)御長(おんたけ)四尺|はかりあり或云/佛工(ふつこう)運慶(うんけい)か作(さく)なりと》  額(かく)《割書:三縁山》廓山(くわくさん)上人/真蹟(しんせき)《割書:上人は當寺(たうし)第(たい)十三世なり甲州(かふしう)の産(さん)にして|高坂弾正(かうさかたんしやう)の子(こ)なりといへり》  御経蔵(おんきやうさう)《割書:本堂(ほんたう)の前(まへ)左の方/塀(へい)の中(うち)にあり或人云こゝに納(をさむ)る所(ところ)の一代(いちだい)蔵経(さうきやう)は|宋板(さうはん)にして其先(そのせん)豆州(つしう)修善寺(しゆせんし)にありて平政子(たひらのまさこ)の寄附(きふ)なりとそ》  《割書:後(のち)彦坂九兵衛尉(ひこさかくひやうゑのしやう) 台命(たいめい)を奉(ほう)し當山(たうさん)にうつすとなり菊岡沾涼(きくをかせんりやう)云/昔(むかし)は方丈に|ありしを寛永(くわんえい)九年/照誉(せうよ)上人/了学(りやうかく)大和尚(おしやう)経蔵(きやうさう)を創立(さうりふ)したるとなり今は|官造(くわんさう)に列(れつ)す》  開山堂(かいさんたう)《割書:同所左にならふ當寺(たうし)開山(かいさん)以下/累世(るゐせ)大僧正(たいそうしやう)の|肖像(しやうさう)およひ霊牌(れいはい)等(とう)を置(おか)れたり》