翻刻
【右丁】
平安記行 文明(ふんめい)十あまり二年の頃(ころ)水無月(みなつき)のはしめつかた土(つち)さへ
さけてとか旅人(たひゝと)のぬしのものせし避暑(へきしよ)の床(ゆか)をはなれて
都(みやこ)にまうのほりぬ《割書:中略》芝(しは)といふ所(ところ)を過(すく)るとて
露しけき道の芝生を踏ちらし駒に任するあけくれの空 太田道灌
回國雑記 芝(しは)の浦(うら)といへる所(ところ)にいたりけれは塩屋(しほや)のけふりうちなひき
て物淋(ものさひ)しきに塩木(しほき)はこふ舟(ふね)ともを見て
やかぬより藻汐の煙名にそ立舟にこりつむ芝の浦人《割書:道興| 准后》
此浦(このうら)を過(すき)てあら井といへる所にて云々
《割書: |江戸にて》
芝といふものゝ候夏さしき 梅翁
御穂神社(みほのしんしや) 同所(とうしよ)本芝通(ほんしはとほ)りより西(にし)の横町(よこてう)にあり本芝(ほんしは)の
産土神(うふすなかみ)にして祭禮(さいれい)は三月十五日なり別當(へつたう)は正福寺(しやうふくし)と
号(かう)す天台宗(てんたいしう)にて東叡山(とうえいさん)に属(そく)す傳(つた)へ云(いふ)往古(そのかみ)駿河國(するかのくに)三穂(みほ)の
海人(あま)此浦(このうら)に来(きた)り住(ちゆう)す故(ゆゑ)に古郷(こきやう)の御神(おほんかみ)なれはとて文明(ふんめい)
十一年庚子のとしこゝに當社(たうしや)を勧請(くわんしやう)せしとなり祭神(さいしん)
御穂津彦(みほつひこ)御穂津媛(みほつひめ)等(とう)の二神(ふたはしらのかみ)なりといへり《割書:土俗(とそく)當社(たうしや)を|以(もつ)て痘瘡(とうさう)の》
【左丁】
御穂神社(みほのしんしや)
鹿島神社(かしまのしんしや)
【図】
【枠内】三穂社
【枠内】鹿島社
【枠内】かくら所
【枠内】住吉
【枠内】いなり
【枠内】天神