東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之3 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之3 - ページ 32

ページ: 32

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【右丁】  平安記行 文明(ふんめい)十あまり二年の頃(ころ)水無月(みなつき)のはしめつかた土(つち)さへ       さけてとか旅人(たひゝと)のぬしのものせし避暑(へきしよ)の床(ゆか)をはなれて       都(みやこ)にまうのほりぬ《割書:中略》芝(しは)といふ所(ところ)を過(すく)るとて    露しけき道の芝生を踏ちらし駒に任するあけくれの空 太田道灌  回國雑記 芝(しは)の浦(うら)といへる所(ところ)にいたりけれは塩屋(しほや)のけふりうちなひき       て物淋(ものさひ)しきに塩木(しほき)はこふ舟(ふね)ともを見て    やかぬより藻汐の煙名にそ立舟にこりつむ芝の浦人《割書:道興| 准后》       此浦(このうら)を過(すき)てあら井といへる所にて云々         《割書: |江戸にて》      芝といふものゝ候夏さしき  梅翁 御穂神社(みほのしんしや) 同所(とうしよ)本芝通(ほんしはとほ)りより西(にし)の横町(よこてう)にあり本芝(ほんしは)の  産土神(うふすなかみ)にして祭禮(さいれい)は三月十五日なり別當(へつたう)は正福寺(しやうふくし)と  号(かう)す天台宗(てんたいしう)にて東叡山(とうえいさん)に属(そく)す傳(つた)へ云(いふ)往古(そのかみ)駿河國(するかのくに)三穂(みほ)の  海人(あま)此浦(このうら)に来(きた)り住(ちゆう)す故(ゆゑ)に古郷(こきやう)の御神(おほんかみ)なれはとて文明(ふんめい)  十一年庚子のとしこゝに當社(たうしや)を勧請(くわんしやう)せしとなり祭神(さいしん)  御穂津彦(みほつひこ)御穂津媛(みほつひめ)等(とう)の二神(ふたはしらのかみ)なりといへり《割書:土俗(とそく)當社(たうしや)を|以(もつ)て痘瘡(とうさう)の》 【左丁】 御穂神社(みほのしんしや) 鹿島神社(かしまのしんしや) 【図】 【枠内】三穂社 【枠内】鹿島社 【枠内】かくら所 【枠内】住吉 【枠内】いなり 【枠内】天神