翻刻
【右丁】
《割書:守護神(しゆこしん)とし祈願(きくわん)|するもの多(おほ)し》
鹿島神社(かしまのしんしや)同所(とうしよ)海濱(かいひん)にあり別當(へつたう)は御穂神社(みほのしんしや)に相(あひ)同(おな)し
祭禮(さいれい)も又同しく三月十五日なり土人(としん)傳(つた)へ云(いふ)寛永年間(くわんえいねんかん)此(この)
浦(うら)に一(ひとつ)の小祠(ほこら)漂流(ひやうりう)して汀(みきは)に止(とゝま)るあり漁人(きよしん)これを揚(あけ)て其(その)
本所(ほんしよ)を尋(たつぬ)るに常州(しやうしう)鹿島大神宮(かしまたいしんくう)の社地(しやち)にありし小祠(ほこら)なり
けるよし又/其頃(そのころ)十一/面観音(めんくわんおん)の木像(もくさう)同し海汀(かいてい)に流(なかれ)よりし
かは鹿島明神(かしまみやうしん)も十一/面観音(めんくわんおん)を以(もつ)て本地佛(ほんちふつ)とせしなれは
是(これ)にもとつきて當社(たうしや)の御神(おほんかみ)を勧請(くわんしやう)せしとなり
毘沙門堂(ひしやもんたう) 金杉(かなすき)の通(とほ)り東(ひかし)の方(かた)の横小路(よここうち)にあり松林山(しようりんさん)
正傳寺(しやうてんし)といへる中山派(なかやまは)の日蓮宗(にちれんしう)の寺境(しきやう)にあり本尊(ほんそん)は
傳教大師(てんけうたいし)の作(さく)にして後(のち)日親(につしん)上人/再(ふたゝ)ひ點眼供養(てんけんくやう)する
とそ往古(わうこ)は摂州(せつしう)梶折邑(かちをりむら)一乗寺(いちしようし)といへる寺(てら)にありしかとも僻(へき)
地(ち)にして結縁(けちえむ)の人/少(すくな)し《割書:一乗寺(いちしようし)は金仙寺(きんせんし)といひし真言(しんこん)の密場(みつしやう)なり|しを日親(につしん)上人の弘教(ぐけう)に帰(き)して本化(ほんけ)の宗(しう)に改(あらた)む》
【左丁】
毎月(まいつき)寅(とら)の日
貴賤(きせん)群集(くんしふ)
して賑(にきは)ひおほ
かたならす
金杉(かなすき)
毘沙門堂(ひしやもんたう)
【図】
【幟旗】奉献毘沙門天王