東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之3 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之3 - ページ 33

ページ: 33

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【右丁】  《割書:守護神(しゆこしん)とし祈願(きくわん)|するもの多(おほ)し》 鹿島神社(かしまのしんしや)同所(とうしよ)海濱(かいひん)にあり別當(へつたう)は御穂神社(みほのしんしや)に相(あひ)同(おな)し  祭禮(さいれい)も又同しく三月十五日なり土人(としん)傳(つた)へ云(いふ)寛永年間(くわんえいねんかん)此(この)  浦(うら)に一(ひとつ)の小祠(ほこら)漂流(ひやうりう)して汀(みきは)に止(とゝま)るあり漁人(きよしん)これを揚(あけ)て其(その)  本所(ほんしよ)を尋(たつぬ)るに常州(しやうしう)鹿島大神宮(かしまたいしんくう)の社地(しやち)にありし小祠(ほこら)なり  けるよし又/其頃(そのころ)十一/面観音(めんくわんおん)の木像(もくさう)同し海汀(かいてい)に流(なかれ)よりし  かは鹿島明神(かしまみやうしん)も十一/面観音(めんくわんおん)を以(もつ)て本地佛(ほんちふつ)とせしなれは  是(これ)にもとつきて當社(たうしや)の御神(おほんかみ)を勧請(くわんしやう)せしとなり 毘沙門堂(ひしやもんたう) 金杉(かなすき)の通(とほ)り東(ひかし)の方(かた)の横小路(よここうち)にあり松林山(しようりんさん)  正傳寺(しやうてんし)といへる中山派(なかやまは)の日蓮宗(にちれんしう)の寺境(しきやう)にあり本尊(ほんそん)は  傳教大師(てんけうたいし)の作(さく)にして後(のち)日親(につしん)上人/再(ふたゝ)ひ點眼供養(てんけんくやう)する  とそ往古(わうこ)は摂州(せつしう)梶折邑(かちをりむら)一乗寺(いちしようし)といへる寺(てら)にありしかとも僻(へき)  地(ち)にして結縁(けちえむ)の人/少(すくな)し《割書:一乗寺(いちしようし)は金仙寺(きんせんし)といひし真言(しんこん)の密場(みつしやう)なり|しを日親(につしん)上人の弘教(ぐけう)に帰(き)して本化(ほんけ)の宗(しう)に改(あらた)む》 【左丁】 毎月(まいつき)寅(とら)の日 貴賤(きせん)群集(くんしふ) して賑(にきは)ひおほ かたならす 金杉(かなすき)  毘沙門堂(ひしやもんたう) 【図】 【幟旗】奉献毘沙門天王