東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之3 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之3 - ページ 56

ページ: 56

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【右丁】  開山(かいさん)は順清法印(しゆんせいはふいん)と号(かう)す往古(わうこ)は慈覚大師(しかくたいし)開創(かいさう)の梵刹(ほんせつ)  にして天台宗(てんたいしう)なりしといへりいつの頃(ころ)よりか今(いま)の宗風(しうふう)に轉(てん)  して七世/忍空甚光勅(にんくうしんくわうちよく)上人/慧順和尚(ゑしゆんおしやう)中興(ちゆうこう)す本尊(ほんそん)阿弥陀(あみた)  如来(によらい)の像(さう)は善導大師(せんたうたいし)の作(さく)にして御手(おんて)に宝珠(はうしゆ)を持(ち)し給ふ  故(ゆゑ)に世俗(せそく)宝珠阿弥陀如来(はうしゆあみたによらい)と称(しよう)す《割書:本尊(ほんそん)の背面(はいめん)に永隆(えいりう)元年|十一月十七日/彫刻(てうこく)と鐫(ゑり)》  《割書:付(つけ)て|あり》  子安観世音(こやすくわんせおん) 當寺(たうし)に安(あん)す画像(くわさう)にして 延喜帝(えんきてい)の震筆(しんひつ)【宸筆の誤】  なりと云(いふ)縁起(えんき)一巻(いちくわん)あり《割書:画縁起(くわえんき)は土佐光信(とさのみつのふ)と云(いふ)略縁起(りやくえんき)は|和田義盛(わたよしもり)撰(せん)する所(ところ)といふ》  縁起略(えんきりやく)に云/建久(けんきう)元年十一月/右大将頼朝卿(うたいしやうよりともきやう)上洛(しやうらく)す其(その)  途中(とちゆう)一人の婦(ふ)ありて告(つけ)て云く此霊像(このれいさう)は梁武帝(りやうのふてい)未(いまた)皇(くわう)  太子(たいし)ましまさゝりし時(とき)常(つね)に観音(くわんおん)を祈念(きねん)し給ふ或時(あるとき)此(この)  霊像(れいさう)を感得(かんとく)なし給ひしに程(ほと)なく太子(たいし)降誕(かうたん)ましま  せり昭明太子(せうめいたいし)是(これ)なり其後(そのゝち)此霊像(このれいさう)本朝(ほんてう)に渡(わた)りしに 【左丁】  石神(しやくしん)社 縁遠(えんとほ)き婦人(ふしん) 當社(たうしや)に詣(まうて) 良縁(りやうえん)を祈(いの) れは必(かならす)験(しるし)あり といふ 報賽(はうさい)には 社地(しやち)に何(なに)に 限(かき)らす 樹木(しゆもく)を   栽(うゆ)るを  習俗(ならひ)と   せり 相傳(あひつた)ふ 石剱(せきけん)を 祭(まつ)ると   いふ 【図】