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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之3 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之3 - ページ 8

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【右丁】  大将軍(たいしやうくん)親(みつか)ら臨(のそ)むて忝(かたしけな)くも疾(やまひ)を問(とは)せ給ふ十一月二日/諸徒(しよと)に遺誡(ゆゐかい)  し辞世(しせい)の偈(け)を書(しよ)して曰く佛話(ふつわ)提撕(ていせい)心頭塵(しんとうのちん)末後(まつこの)一句(いつく)但(たゝ)【注】  称佛(ふつとしやうす)と筆(ふて)を抛(なけうち)て端座合掌(たんさかつしやう)し佛号(ふつかう)を唱(とな)へて化(くわ)す世壽(せいしゆ)七十  有七(いうしち)僧臘(そうらう)六十《割書:護国篇(ここくへん)世壽(せいしゅ)八十とあり|いつれか是(せ)なる事をしらす》門葉(もんえふ)甡々(しん〳〵)として学(かく)  徒(と)流(なかれ)に浴(よく)す撰述(せんしゆつ)する所(ところ)論義決擇集(ろんきけつちやくしふ)阿弥陀経直譚(あみたきやうちきたん)  等(とう)大(おほい)に世(よ)に行(おこな)はる《割書:以上/浄土高僧傳(しやうとかうそうてん)浄宗護国篇(しやうしゆうここくへん)|傳燈系図(てんとうけいつ)等(とう)に出(いて)つ》  大銅鐘(たいとうしやう)《割書:本堂(ほんたう)の右の方にあり鐘(かね)の厚(あつ)さ尺余(しやくよ)口(くち)の渡(わた)り五尺八寸はかり|高(たか)さ一丈/程(ほと)あり銘曰(めいにいはく)新(あらたに)鋳供鐘(こうしやうをゐて)掛三縁山増上寺之楼(さんえむさんそうしやうしのろうにかゝく)二十六世》  《割書:森誉(しんよ)上人/歴天大和尚(れきてんたいおしよう)延宝(えむほう)元癸丑年十一月十四日/神谷長五郎(かみやちやうこらう)平直重(たひらのなほしけ)須田(すた)|次郎太郎(しらうたらう)源祇寛(みなもとのたゝひろ)鋳工(しよこう)椎名伊豫吉寛(しいないよよしひろ)云々/其聲(そのこゑ)洪大(こうたい)にして遠(とほ)く百里(ひやくり)に|聞(きこ)ゆ一撞(ひとつき)の間の響(ひゝき)尤(もつとも)長(なか)くして行人(かうしん)一里(いちり)を歴(ふ)るとて諺(ことはさ)に一里鐘(いちりかね)と称(しよう)す|風(かせ)に従(したか)ひて當國(たうこく)熊谷(くまかや)の辺(へん)に聞(きこ)ゆる事ありかしとは江戸(えと)より十六里を|隔(へた)つ又/安房(あは)上総(かつさ)へも聞(きこ)ゆるといへり》  熊野三所権現(くまのさんしよこんけん)祠《割書:同所(とうしよ)にあり則(すなはち)當寺(たうし)の鎮守(ちんしゆ)|にして護法(こほふ)の神(かみ)と称(しよう)す》  黒本尊堂(くろほそんのたう)《割書:本堂(ほんたう)の後(うしろ)蓮池(はすいけ)より奥(おく)の方(かた)にあり本尊(ほんそん)阿弥陀如来(あみたによらい)の像(さう)は恵心(ゑしん)|僧都(そうつ)の作(さく)なり御長(おんたけ)二尺六寸/相向(さうかう)圓備(ゑんひ)にして生身(しやうしん)の佛(ふつ)》  《割書:體(たい)に向(むか)ふか如(こと)し世人(せしん)呼(よ)んて黒本尊(くろほそん)と称(しよう)せり多(おほ)くの星霜(せいさう)を歴(へ)て金泥(きんてい)こと|ことく変(へん)して黒色(こくしよく)となる故(ゆゑ)に此(この)称(しよう)ありとも或(あるひ)は源九郎義経(けんくらうよしつね)奉持(ほうし)する所》 【左丁】  《割書:故(ゆゑ)に九郎本尊(くらうほんそん)といふの意(ゐ)なりとも始(はしめ)参州桑子(さんしうくはこ)の明眼寺(みやうけんし)にありしを某(それかし)の邑(むら)の|調(ちやう)を以て寺産(しさん)に充(あつ)此(この)霊像(れいさう)を得(え)給ひて常(つね)に御念持佛(こねんしふつ)となし給ひしか竟(つひ)に當(たう)》  《割書:寺(し)に遷(うつ)し給ふとなり元禄(けんろく)八年/増上寺(そうしやうし)御修営(こしゆえい)の時(とき)桂昌一位尼公(けいしやういちゐにこう)重(かさね)て佛龕(ふつかん)を|新たにし宝帳(ほうちやう)玉扉(きよくひ)構飾(こうしよく)精巧(せいこう)を極(きは)むと以上/浄宗護国篇(しやうしゆうここくへん)に載(のす)る所也/毎歳(まいとし)正月》  《割書:十六日四月八日同十七日/諸人(しよにん)こゝに|参詣(さんけい)する事をゆるさる》  三門(さんもん)《割書:元和(けんわ)九年癸亥/御建立(ここんりふ)或云八年なりと楼上(ろうしやう)に釈迦(しやか)文珠(もんしゆ)普賢(ふけん)|およひ十六/阿羅漢等(あらかんとう)の木像(もくさう)を置(おく)正月七月の十六日二月八月》  《割書:の彼岸(ひかん)の中日(ちゆうにち)又二月十五日四月|八日/等(とう)に登楼(とうろう)をゆるさる》 安国殿(あんこくてん)《割書:本堂構(ほんたうかまへ)の外(そと)南(みなみ)の方にあり四月十七日は御祭礼(こさいれい)にて参拝(さんはい)を許(ゆる)さるゝ故(ゆゑ)に詣(けい)する|人/多(おほ)し来由(らいゆ)は其(その)憚(はゝかり)あるを以て是(これ)を略(りやく)す御別當(おんへつたう)を安立院(あんりふゐん)と号(かう)す》  五層塔(こそうのたふ)《割書:同所(とうしよ)御佛殿(こふつてん)の地(ち)蒼林(さうりん)の中(うち)にあり|酒井雅楽侯(さかゐうたこう)の建立(こんりふ)なりといへり》涅槃石(ねはんせき)《割書:同所にあり御彫物師(おんほりものし)|吉岡豊前作(よしをかふせんさく)なりと》  《割書:いへり羅漢石(らかんせき)|とも号(なつ)く》曼荼羅石(まんだらいし)《割書:同所にあり後藤祐乗得乗(ことうゆうしやうとくしやう)の|作(さく)也とそ来迎石(らいかういし)とも名(な)つく》鷹門(たかもん)《割書:同所に|あり》  極楽橋(こくらくはし)《割書:同所/前(まへ)の溝(みそ)に架(か)する|所(ところ)の石橋(いしはし)をいふ》 宗廟(そうひやう)《割書:御當家(こたうけ) 御代々(こたい〳〵)の 御霊屋(これいや)なり|當寺院中(たうしゐんちゆう)より御別當(おんへつたう)を務(つと)む》  御常念佛堂(おんしやうねんふつたう)《割書:涅槃門(ねはんもん)の方(かた)にあり恵照律院(ゑしやうりつゐん)と号(かう)す浄土律(しやうとりつ)にして當山(たうさん)の|別院(へつゐん)たり横蓮社縦誉心岩(わうれんしやしゆうよしんかん)上人/開基(かいき)す同巻(とうくわん)赤羽心光院(あかはねしんくわうゐん)の》  《割書:条下(てうか)に詳(つまひらか)なり當院(たうゐん)に上人/真筆(しんひつ)の涅槃像(ねはんさう)の印板(ゐんはん)あり有信(うしん)の輩(ともから)に授与(しゆよ)す|他(た)の図(つ)に異(こと)なり》  性壽庵(しやうしゆあん)《割書:方丈(はうしやう)の後(うしろ)の方(かた)にあり尾州清須城主(ひしうきよすのしやうしゆ)松平薩摩守忠吉(まつたひらさつまのかみたゝよし)の霊牌(れいはい)を|置故(おくゆゑ)に俗(そく)に薩摩堂(さつまたう)とよべり側(かたはら)に小笠原監物(をかさはらけんもつ)を始(はしめ)として殉死(しゆんし)》 【注 大谷愍成編著「普光観智国師」によれば、「佛話」は「佛陀」とあり】