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【右ページ上段】
秀吉(ひでよし)公の武略官位昇進(ぶりやくくわんゐしようしん)の事は
人のしる所なればしるさずば和歌をも
よく詠(よみ)給ふゆゑ聊(いささか)これを抄出(せうしゆつ)す
小田原下向(をだわらげかう)に冨士(ふじ)山を御覧(ごらん)じて
「都(みやこ)にて聞(きゝ)しはことのかずならで
くもゐにたかき冨士の根(ね)の松
伏見(ふしみ)山に茶座敷(ちやざしき)をしつらはせて
「あはれこの柴(しば)のいほりの淋(さび)しさに
人こそとはね山おろしの風
御/当座(とうざ)夢(ゆめ)によする恋(こひ)
「思ひ寝(ね)の心やきみにかよふらん
こよひあひ見る手枕(たまくら)のゆめ
世の中のはかなきををおぼして
「つゆとちりしづくと消(きゆ)るよの中に
何とのこれる心なるらん
天正十六年四月十五日/聚楽御(じゆらくご)
所(しよ)へ御幸(みゆき)ありて和歌の御/會(くわい)に
「よろづ代の君がみゆきになれなれん
みどりこだかきのきの玉水
【右ページ下段】
吉野(よしの)山
誰(たれ)とむる
とは
なけれ
ども
今(こ)
宵(よひ)
も
花(はな)の蔭(かげ)
に
やどらん
豊臣秀吉公(とよとみひでよしこう)
【左ページ】
輯者緑亭川柳
畫工《割書:口画五頁|出像自一至十》前北斎卍老人
仝《割書:自十一|至二十》一勇齋國芳
仝《割書:自二十一|至三十》玉蘭齋貞秀
仝《割書:自三十一|至四十》柳川重信
仝《割書:自四十一|至五十》一陽齋豊國