翻刻
【右上】
細川幽斎卿(ほそかはゆうさいけう)は文武両道(ぶんぶりようどう)の大将にて
丹州田辺(たんしうたなべ)に在城(ざいぜう)のころ歒一万七千の
勢を以て攻囲(せめかこ)むかゝる騒(さはが)しき中にも
中院通勝(なかのいんみちかつ)卿/歌道(かどう)にて親(した)しき御中
なれば軍中に御/訪(とふら)ひのことまめやかに
して幽斎卿より歌道/伝授(でんじゆ)のこと
残(のこ)りしよしにて甲冑(かつちう)の侭(まゝ)手に采配(さいはい)を
持(もち)軍の駈引(かけひき)の中にて口伝(くでん)ありし所へ
歒方より鉄炮(てつほう)しげく打両卿の中へ玉
一つ落(おち)ければ幽斎卿とりあへず
〽爰(こゝ)をさしてうつ鉄鉋【炮】の玉きはる
いのちに向(むか)ふ道(みち)は此みち
かゝる場所(ばしよ)にても詠歌あることいみじく
世にきこえけり又/古今集(こきんしう)の秘訣(ひけつ)兵火の
為に失(うしなは)んことを惜(をし)み禁裡(きんり)へ奉る時の哥
〽もしほ草(ぐさ)かき集(あつ)めたるあととめて
むかしにかへせわかのうらなみ
斯(かく)て勅命(ちよくめい)ありて城の囲(かこみ)を解(とか)せ大歒を
追払(おひはら)ひ給ふ和歌の徳(とく)いと尊(とうと)むべきことなり
【右下】
いにしへも
今もかはら
ぬ
世(よ)の
中(なか)
に
心(こゝろ)の
たねを
残(のこ)すことのは
従(じゆ)二/位(ゐ)法印幽斎(ほふいんゆうさい)
【左上】
陸奥黄門(むつのくわうもん)政宗/卿(けう)は文武(ぶんぶ)二/道(たう)に秀(ひいで)
給ふ大将にて又/能書(のうじよ)に聞(きこ)へあり敷嶋(しきしま)
の道(みち)に心がけ深く世に伝(つた)へし古歌(こか)に
〽むさしのは月の入べき山もなし
草(くさ)よりいでゝ艸(くさ)にこそいれ
是にては月の出入りはるかならずと
思し此こゝろをたよりとして
〽いづるより入る山の端(は)は何国(いづく)ぞと
月にとはましむさしのゝはら
かく詠(よみ)て近衛殿(このゑどの)へまゐらせしに限(かぎ)り
なく御/誉(ほめ)ありて月/雪(ゆき)を事として花
のもとにすむ歌人もおもてを覆(おほ)ふよし
仰(おほせ)られける詠哥数多(よみうたあまた)の中に冨士(ふじ)を
〽いつ見てもはじめて向ふ心かな
たび〳〵かはる冨士の景色(けしき)を
此/詠(えい)たぐひなく思召と雲上(うんせう)より御
褒美(ほうび)ありし哥也又/逝去(せいきよ)の時/辞世(じせい)に
〽くもりなき浮(うき)世の月をさき立て
こゝろの闇(やみ)をてらしてぞゆく
【左下】
藤原政宗(ふぢはらのまさむね)
さゝずとも誰(たれ)かは
越(こえ)んあふ
坂(さか)の
関(せき)の戸(と)
うづむ
夜半(よは)の
しら雪(ゆき)