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翻刻
方渡る
請取申御扶持方之事
役高五拾四万石 百石に付四人扶持積り
合七千四百五拾弐石者 但京升也
石に付五十目替
右者肥前国於有馬表正月朔日ゟ三月十日
迄日数六十九日分之御扶持方代一日壱人
五合究之積従 公儀越中守へ被ゐ拝領請
取申者也仍如兼件
細川越中守内
寛永十五年三月四日 長岡 佐渡
有吉 頼母
能瀬四郎右衛門様
山 中 善兵衛様
勇功記曰三月四日忠郷久留米之城に入せゐふ
後二三日滞留有て久留米を御立あり
朝報抄曰三月四日水野藤右衛門辰刻肥州有馬
表ゟ帰参午刻 御前へ被 召出彼地之様子
言上云々
島原征伐始末別記曰三月四日肥前江之上使庄