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懸仕たる者共有之と相見候者頭物奉行聢而
仕たる役人等参仕はゝ被 仰付様も有之候
得共大方若者共其上先手之軍法破候而之事
也は苦くも思は連須候若又若き者共にも先
へ不参者共苦に存候事可有之候得共敵出候
はゝ例に有之者共等そ用には可立候先へ不
参候は奉公と存る間苦労に不存様に可申聞
と也 此趣を承何連も安堵仕る也此段感あ
る詞也
小笠原代々記曰右近様之 上使衆御差図に付
先へ御帰陣小倉に而何も御待受被成候
島原一揆松倉記曰二月廿三日御目付下曽根三
十郎殿島原へ御着也
勇功記曰二月廿九日之昼 上使松平伊豆守殿
戸田左門殿大目付井上筑後守殿大守之御陣
に来條せらる是大守御父子に帰陣之御暇可
給ゐ也大守は城を割へき御下知として今朝
ゟ本城に御座しけれは忠郷上使御目付へ被
対面伊豆守殿仰けるは永々之本陣精を出し
被申に依て敵城落去に及珍重に候也