キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [9] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [9] - ページ 9

ページ: 9

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 増田四郎事落城之日本丸尓て手を負死居申  候を細川越中守殿内沖野佐左衛門与申歩行  之者首を上け申候由に候大将之首取ゐ褒美  佐左衛門に知行千石給候由に候佐左衛門は  四郎とも不存候得共衣類結構に候つる故首  を上け候と申たる由承候扨四郎親は増田四  郎左衛門与申牢人尓て数年長崎に居申候四  郎五歳に成申候とき大文字書申候を希代成  義と申もて者やし進物なとに致し持たる者  も御座候き其後何之沙汰も無御座候へつる  か天草之内へ参山居致し以来吉利支丹之法  を勧め申候由生捕之者申候事《割書:佐野弥七左衛門覚書》 又載  寄手之諸軍勢手負死人之事    細川越中守忠利同肥後守光利父子之者   此条細川家島原軍記にくはしけれは古々   に略春    松平右衛門佐忠之者   討死   浜田五郎兵衛 松岡佐右衛門   梶川作左衛門 八田仁左衛門 林安左衛門