天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 101

ページ: 101

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一高四百八拾八石三斗三升七合   《場所:新治村》 一高七百四拾七石六斗三升     《場所:野寺村》 一高五千六百四拾九石四斗九升六合 《場所:平村》 一高百八拾七石弐斗四升五合    《場所:市川村》          《割書:《場所:平村》枝郷》 一高百五拾四石壱斗三升五合    《場所:大砂新田》          《割書:古者《場所:北根本村》》 一高三百弐拾七石壱斗弐升六合   《場所:根本村》 一高五百三拾六石五斗七升壱合   《場所:田中村》 一高七百八拾壱石七斗壱合壱勺   《場所:大橋村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには新治村は2か所ありこの2か所の高の合計は501.298でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは野寺村は東野寺村と西野寺村の2か所に分けて書かれており、この2か所の高の合計は868.238でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには平村は茨城県つくば市に1か所(高103.648)あるが高が全く合わない。角川地名大辞典の茨城県石岡市にも平村(近世)がありこの項に『明治2年石岡町と改称』とあり。旧高旧領では石岡町に含まれているものと思われる。石岡町は9か所ありこの9か所の高の合計は5837.650でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには市川村は4か所ありこの4か所の高の合計は187.246でここの高ほぼピッタリである。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには大砂新田はないが、角川地名大辞典によると大砂新田は平村の項に誘導しており、旧高旧領では平村に含まれていると思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには根本村はなく、北根本村1か所と南根本村3か所がある。割書と高から旧高旧領では北根本村(高327.127)と推定される。旧高旧領の南根本村はこの天保郷帳で後に同じ名前の根本村として出てくる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには田中村は4か所あるが石岡藩領分の1か所、茨城県石岡市)がここの田中村に相当し高は336.571でここの高と違う。他の田中村は茨城県つくば市の方。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには大橋村は10か所ありこの10か所の高の合計は779.7でここの高に非常に近い。】