天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 115

ページ: 115

翻刻

 小以高拾壱万四千八百八拾壱石八斗三升五合七勺壱才                《場所:新治郡》百七拾九箇村     《場所:真壁郡》 一高八百八拾三石九斗三合   《場所:大曽根村》 一高千四百拾壱石四斗三升三合 《場所:本木村》 一高千弐百四拾五石三升五合  《場所:飯田村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは大曽根村は大曾根村で3か所ありこの3か所の高の合計は883.903でここの高とぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには本木村は8か所ありこの8か所の高の合計は1411.433でここの高とぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには飯田村(高300.608)は1か所あるがこれは茨城県下館市の方で別。ここの飯田村は茨城県大和村の方で旧高旧領では東飯田村(4か所)と西飯田村(2か所)に分けて書かれている。この6か所の高の合計は1245.035でここの高とぴったり一致する。角川地名大辞典の茨城県大和村の飯田村(近世)の項に『「天保郷帳」1,245石余。天明年間頃地内を二分し,飯田村東方・飯田村西方と称した。天保年間以後,飯田村東方は東飯田村,西方は西飯田村となった』とある。】