天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 127

ページ: 127

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一高六百七拾六石六斗九升八合   《場所:大関村》 一高三百九拾七石九斗弐升弐合   《場所:野村》 一高弐百九拾壱石弐斗三升三合五勺 《場所:上中山村》 一高八百七拾壱石三斗三升六合   《場所:小林村》 一高三百九拾三石三斗八升七合   《場所:高島村》 一高千七拾石九斗四升五合     《場所:川澄村》 一高四百八拾弐石三斗三升三合   《場所:横島村》 一高三百五拾石壱斗五合      《場所:稲野辺村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには大関村はない。北大関村(1か所)と南大関村(2か所)があり、この3か所の高の合計は680.97729でここの高に近い。角川地名大辞典の茨城県下館市の大関村(近世)の項に『天保年間~明治初年に南大関村と北大関村に分村』とある。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには野村は3か所ありこの3か所の高の合計は397.922でここの高にぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには上中山村は5か所ありこの5か所の高の合計は274.294でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは小林村の高は871.336でここの高にぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには高島村は2か所ありこの2か所の高の合計は393.225でここの高に非常に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには川澄村は7か所ありこの7か所の高の合計は832.285でここの高と合わない。この他に川澄稲荷宿村(2か所高合計238.660)がありこの高も加えると1068.945でここの高に非常に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには横島村は3か所ありこの3か所の高の合計は482.333でここの高にぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは稲野辺村の高は350.105でここの高にぴったり一致する。】