天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 130

ページ: 130

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一高七百五拾八石六升九合   《場所:野殿村》 一高九百弐拾壱石壱升五合五勺 《場所:西方村》 一高六百弐拾石九斗七升壱合  《場所:玉戸村》 一高三百七石五斗壱升四合   《場所:飯島村》 一高四百弐石四斗六升     《場所:神分村》 一高六百三拾六石弐斗九升四合 《場所:菅谷村》 一高百八拾三石        《場所:西郷谷村》 一高七百八拾壱石九斗七升七合 《場所:二木成村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには野殿村はないが、上野殿村2か所、上野殿村新田五郎兵衛受1か所、中野殿村1か所、下野殿村1か所がある。角川地名大辞典の茨城県下館市の野殿村(近世)の項を見ると『寛文3年当村高のうち120石余が旗本武川氏へ分郷され,中野殿村と通称するようになったため当村も上野殿村と通称するようになった』とあり、ここは旧高旧領の上野殿村と中野殿村に対応する。これらの4か所の高の合計は758.079でここの高にほぼピッタリである。下野殿村は別に記載がある。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには西方村は3か所ありこの3か所の高の合計は920.4755でここの高に非常に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには玉戸村は3か所ありこの3か所の高の合計は620.971でここの高にぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは飯島村の他に飯島村新田がありこの2か所の高の和は307.521でここの高に非常に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには神分村は2か所ありこの2か所の高の合計は402.380でここの高に非常に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは菅谷村はの高は636.294でここの高にぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには西郷谷村はなく、上西郷谷村2か所と下西郷谷村2か所がある。西郷谷村は以前にも出てきて、そちらは下西郷谷村に相当し、こちらは上西郷谷村2か所(高合計138.000)に相当し、ここの高にぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは二木成村はの高は781.977でここの高にぴったり一致する。】