天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 143

ページ: 143

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一高四拾四石四斗五升五合  《場所:高津村》 一高壱石五斗        《場所:谷長島新田》 一高壱石四斗六升八合    《場所:柳新田》 一高壱石四斗九升四合    《場所:細田新田》 一高四石六斗弐升壱合    《場所:尾見新田》 一高三石壱升        《場所:栗崎村新田》 一高百弐拾弐石六斗九升四合 《場所:妙原新田》 一高八拾壱石四斗八升弐合  《場所:奥田新田》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには高津村は2か所ありこの2か所の高の合計は43.8785でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには谷長島新田はない。谷永島村はあるが高は193.971で合わない。角川地名大辞典の茨城県協和町の谷永島村(近世)の項に『村高は「旧高簿」193石余。谷長島新田(石高「天保郷帳」1石余)として,幕府領支配山内氏からの年貢1石5升のほかに米4合と永3文の割付書が残る。』とありここの高が裏付けられている。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには柳新田はなく柳村(高261.802)がある。角川地名大辞典の茨城県協和町の柳村(近世)の項に『村高は,「旧高簿」261石余。「天保郷帳」に柳新田(高1石余)と見え,延享2年以後の幕府領開発と思われる。』とある。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには細田新田はなく細田村(高306.381)がある。角川地名大辞典の茨城県協和町の細田村(近世)の項に『村高は,「旧高簿」306石余。「天保郷帳」に細田新田(高1石余)と見え,延享2年以後の幕府領開発と思われる』とある。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは尾見新田は尾見新田吉間村・伊衛門受とあり高は4.621でここの高に一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは栗崎村新田の高は3.010でここの高に一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには妙原新田及び妙原新田の名を含む場所が合わせて4か所ありこの4か所の高の合計は161.964である。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは奥田新田の高は81.482でここの高にぴったり一致する。】