天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 156

ページ: 156

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         《割書:古者《場所:丸山新田村》》 一高三拾九石八斗九升八合   《場所:丸山村》          《割書:古者《場所:根崎新田村》》 一高五拾六石壱斗弐升七合   《場所:根崎村》          《割書:古者《場所:古舘新田村》》 一高百四拾壱石七升九合    《場所:古立村》          《割書:古者《場所:中野新田村》》 一高八拾三石九斗六升     《場所:中野村》          《割書:古者《場所:栗山新田村》》 一高八拾六石五斗三升     《場所:栗山村》 一高六百九拾四石三斗八升九合 《場所:新町村》 一高四百拾弐石壱斗三升九合  《場所:羽成村》 一高百九拾九石三斗七升三合  《場所:飯田村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには丸山村はなく東丸山村(2か所)と西丸山村(1か所)がある。こちらは東丸山村に相当し2か所の高の合計は37.437でここの高に近い。西丸山村の方は後に出てくる茨城県谷和原村の方の丸山村に相当し、明治期東丸山村と区別するために西丸山村と改称した。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは根崎村の高は56.127でここの高にぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは古立村は古舘村で高は141.079でここの高にぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは中野村の高は86.725でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには栗山村は2か所ある。こちらの栗山村は谷田部藩領分のほうで高は86.530でここの高に一致する。明治期区別するため西栗山村と改称している。他の栗山村はのちに出てくるが勝田大五郎知行茨城県八千代町の方である。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには新町村はない。角川地名大辞典の茨城県つくば市の新町村(近世)の項に『明治初年頃谷田部町の一部となる』とあり谷田部町に含まれていると思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには羽成村は3か所ありこの3か所の高の合計は414.383でここの高に非常に近い。谷田部藩領分だけではここの高とぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには飯田村はないが上飯田村(2か所)と下飯田村(1か所)がある。明治初年ごろ上飯田村と下飯田村に分村。これら3か所の高の合計は196.236でここの高に非常に近い。】