天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 198

ページ: 198

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一高七百拾八石七斗六升三合    《場所:沖洲村》 一高千百八拾四石七斗弐升壱合   《場所:羽生村》 一高八百四石弐斗壱合三勺     《場所:八木蒔村》 一高四百五拾五石壱斗六升     《場所:谷島村》          《割書:古者》《割書:《場所:玉造村》|《場所:原新田村》》《割書:弐ヶ村》 一高弐千六百八拾九石九斗七升七合 《場所:玉造村》          《割書:《場所:玉造村》之内》 一高千拾七石六斗五升三合     《場所:浜村》          《割書:《場所:玉造村》之内》 一高五百八拾九石壱斗六升     《場所:石神》          《割書:《場所:玉造村》之内》 一高六拾七石八斗七升弐合     《場所:高須新田》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは沖洲村は沖須村で高は718.763でここの高にぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには羽生村は4か所ありこの4か所の高の合計は824.640でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは八木蒔村の高は836.9095でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは谷島村の高は295.268でここの高と違う。角川日本地名大辞典の茨城県玉造町の谷島村(近世)の項に『明治元年には大洪水により被害を受けた。』とあるのでこのため高が減ったか?】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには玉造村は7か所ありこの7か所の高の合計は2560.803でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには浜村は6か所ありこの6か所の高の合計は851.522でここの高と違う。角川日本地名大辞典の茨城県玉造町の浜村(近世)の項に『しばしば洪水に襲われ,明治元年にも洪水で石高が減少。』とある】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは石神は石神村で高は580.174でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには高須新田はない。】