天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 207

ページ: 207

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一高三百九拾弐石九斗四升三合 《場所:釜谷村》 一高七百八拾弐石六斗九升六合 《場所:水原村》 一高千四百壱石壱斗四升三合  《場所:古高村》 一高千六拾七石八斗八升四合  《場所:延方村》          《割書:《場所:延方村》の内》 一高千五百九石弐斗五升壱合  《場所:徳島新田》 一高五百四拾弐石弐斗五升九合 《場所:二重谷新田》  小以高五万四千弐百弐拾三石壱斗四升七合七才             《場所:行方郡》八拾九箇村 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには釜谷村は3か所ありこの3か所の高の合計は395.671でここの高に非常に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは水原村の高は782.696でここの高にぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには古高村はない。角川日本地名大辞典の茨城県潮来市の古高村(近世)の項に『天保年間以後延方村の一部となる』とあり、延方村に含まれているものと思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには延方村自体はなく、延方村・古高共が6か所ある。これら6か所の高の合計は3952.558である。天保郷帳の古高村、延方村、徳島新田3か所の高の合計は3978.278で旧高旧領の延方村・古高共とほぼ同じである】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには徳島新田はない。延方村の内と割書きがあるので、旧高旧領では古高村も含めて全て延方村・古高共に含まれていると思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには二重谷新田はない。角川日本地名大辞典の茨城県潮来市の二重谷新田(近世)の項に『天保年間以後,明治初年頃までに潮来村の一部となる』とあり潮来村に含まれていると思われる。】