天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 213

ページ: 213

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一高百三拾三石八斗三升七合五勺  《場所:坂戸村》 一高三百四拾三石壱斗四升壱合五勺 《場所:当間村》 一高百五拾五石四斗弐升五合    《場所:飯名村》 一高三百弐拾弐石九斗七合四勺壱才 《場所:塔ヶ崎村》 一高七百弐拾五石七升七合     《場所:鉾田村》 一高千百五拾七石四斗       《場所:鎌田村》 一高五拾石九斗六升五合      《場所:鎌田新田村》 一高四百四拾三石四斗七升五合   《場所:安塚村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには坂戸村はない。角川日本地名大辞典の茨城県鉾田町の坂戸村(近世)の項に『江戸後期当間村の一部となり,現在通称名として残る。』とあり、旧高旧領では当間村に含まれていると思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは当間村は2か所ありこの2か所の高の合計は849.53555で全く違う。江戸後期に坂戸村と合併している。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは飯名村の高は202.57631でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには塔ヶ崎村は2か所ありこの2か所の高の合計はで322.63441ここの高に非常に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには鉾田村は4か所ありこの4か所の高の合計は725.075でここの高にほぼぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは鎌田村は烟田村で8か所ありこの8か所の高の合計は1214.113でここの高より少し多い。角川日本地名大辞典の茨城県鉾田町の烟田村(近世)の項に『幕末頃鎌田新田村を合併。』とあり、次の鎌田新田村の高も含まれていると思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには鎌田新田村はない。鎌田村に含まれているものと思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには安塚村は5か所ありこの5か所の高の合計は443.475でここの高にぴったり一致する。】