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一高千三百九石八斗四升三合 《場所:石神外宿村》
一高弐百七拾六石六斗九升三合 《場所:舟石川村》
一高弐百拾六石四升五合 《場所:船場村》
一高四百弐拾四石八斗四升八合 《場所:須和間村》
一高九百六拾八石六斗六合 《場所:高野村》
一高三百拾三石三斗三升弐合 《場所:上高場村》
一高四百九拾石三升九合 《場所:下高場村》
一高三百弐拾弐石壱斗五外七合 《場所:外野村》
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには石神外宿村は9か所ありこの9か所の高の合計は1045.034でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは舟石川村の高は205.471でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには船場村は3か所ありこの3か所の高の合計は206.622でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには須和間村は2か所ありこの2か所の高の合計は383.205でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには高野村は4か所ありこの4か所の高の合計は955.132でここの高に近い。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには上高場村も下高場村もなく高場村(3か所、合計高727.677)だけある。角川地名大辞典の茨城県ひたちなか市の上高場村(近世)の項に『寛永年間高場村が当村と下高場村に分村。・・天保13年再び高場村の一部となる。』とあり、旧高旧領ではまとめて書かれていると思われる。天保郷帳の2か所の高の合計は803.371。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには外野村はない。角川地名大辞典の茨城県ひたちなか市の外野村(近世)の項に『天保14年東石川村の一部となる』とあるので、東石川村に取り入れられたと思われる。】