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一高六百九拾九石三斗三升六合 《場所:下岩瀬村》
一高千百弐拾弐石七斗六合 《場所:下大賀村》
一高五百五拾壱石九斗七升八合 《場所:下根本村》
《割書:古者《場所:前小屋村》》
一高七百六拾七石弐斗八合 《場所:泉村》
一高千百六拾四石四斗六升壱合 《場所:宇留野村》
一高弐千六百八拾六石三斗八升壱合 《場所:部垂村》
一高五百拾五石弐斗壱升弐合 《場所:上村田村》
一高九百四拾壱石七斗四升 《場所:下村田村》
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには下岩瀬村の高は590.998でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには下大賀村は3か所ありこの3か所の高の合計は1009.563でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには下根本村はない。角川地名大辞典の茨城県大宮町の根本村(近世)の項に『元禄年間頃~天保13年までは下根本村と称した』とあり、旧高旧領では根本村で高は496.453でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには泉村は2か所ありこの2か所の高の合計は441.358でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには宇留野村は4か所ありこの4か所の高の合計は895.415でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには部垂村はない。角川地名大辞典の茨城県大宮町の部垂村(近世)の項に『天保13年部垂では語呂が悪いとの理由から改名願いが出され,村内の甲神社が近郷では大きく甲大宮と称されたことから,同14年大宮村と改称』とあり旧高旧領では大宮村が相当し6か所あり、この6か所の高の合計は1569.544でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには上村田村は5か所ありこの5か所の高の合計は544.696でここの高に近い。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには下村田村は2か所ありこの2か所の高の合計は879.839でここの高に近い。】