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一高四百三拾八石七斗五升四合 《場所:小祝村》
《割書:古者《場所:別所村》》
一高弐百四拾四石八斗三升 《場所:富谷村》
一高千七百六拾九石六斗六升壱合 《場所:東野村》
一高千七拾三石三斗六升六合 《場所:八田村》
一高三百六拾四石弐升壱合 《場所:菅又村》
一高百五拾弐石三斗八升七合 《場所:引田村》
一高六百拾七石五斗五升八合 《場所:小野村》
《割書:古者《場所:三美村》》
一高千百拾四石三升六合 《場所:福島村》
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには小祝村は2か所ありこの2か所の高の合計は346.021でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには富谷村はない。角川地名大辞典の茨城県大宮町の別所村(近世)の項によると、『「天保郷帳」では古くは別所村とあり富谷村として244石余。・・天保13年小祝村の一部となる』とあり、旧高旧領では小祝村に含まれていると思われる。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには東野村は4か所ありこの4か所の高の合計は1247.909でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには八田村は3か所ありこの3か所の高の合計は634.782でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには菅又村はない。角川地名大辞典の茨城県大宮町の菅又村(近世)の項に『天保年間若林村の一部となる』とあり旧高旧領では若林村に含まれると思われる。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには引田村はない。角川地名大辞典の茨城県大宮町の引田村(近世)の項に『天保年間若林村の一部となる』とあり旧高旧領では若林村に含まれているものと思われる。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには小野村は2か所ありこの2か所の高の合計は387.037でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには福島村はない。角川地名大辞典の茨城県大宮町の三美村(近世)の項に『明和元年三美は寂びに通ずるとの理由で福島村と改称したがのち旧に復した。』とあり、旧高旧領では三美村で3か所ありこの3か所の高の合計は638.242でここの高と違う。】