天保郷帳を翻刻!

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常陸国郷帳 - 翻刻

常陸国郷帳 - ページ 87

ページ: 87

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一高五百八拾石五斗五升四合      《場所:磯原村》 一高三百六拾四石九斗壱升四合三勺八才 《場所:臼場村》 一高四百弐拾石六斗八升九合四勺壱才  《場所:車村》 一高千七百拾九石五斗九升弐合壱勺八才 《場所:神岡下村》 一高五百四拾七石弐斗三升七合     《場所:大津村》 一高五百五石五斗七升八合       《場所:平方村》 一高七百五拾六石四斗七升九合     《場所:関本上村》 一高千三百弐拾五石七斗八升      《場所:関本中村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには磯原村は3か所ありこの3か所の高の合計は845.291でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには臼場村は5か所ありこの5か所の高の合計は486.1566でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには車村は5か所ありこの5か所の高の合計は423.58788でここの高に近い。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは神岡下村の高は898.247で大幅に少ない。角川地名大辞典の茨城県北茨木市の神岡下村(近世)の項に『明治初年までに神岡上村を分村』とあり、旧高旧領では残りの部分は神岡上村に含まれていると思われる。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは大津村の高は365.430でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは平方村は平潟村で高は505.578でここの高とぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには関本上村は2か所ありこの2か所の高の合計は756.479でここの高とぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは関本中村の高は1325.780でここの高とぴったり一致する。】