天保郷帳を翻刻!

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陸奥国郷帳 7 - 翻刻

陸奥国郷帳 7 - ページ 35

ページ: 35

翻刻

一山成亡所      《場所:中師村》 一高百四拾七石八斗  《場所:野田村》 一高六百八拾五石   《場所:今別村》 一高弐百七拾三石五斗 《場所:枝川村》 一高六拾四石六斗   《場所:米ヶ袋村》 一高弐百八拾六石   《場所:石渡村》 一高百四拾石三斗   《場所:相打大田村》 一高弐百拾石     《場所:菖蒲川村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは中師村の高は25.187でここの高とは違う。「亡所」とは税の対象にならない所という意味でこのような表現は初めて。角川日本地名大辞典の中師村(近世)の項に『「天保郷帳」山成亡所(なお,弘前本では14石余)』とある。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは野田村の高は176.843でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは今別村の高は647.221でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは枝川村の高は312.928でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは米ヶ袋村の高は71.452でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは石渡村の高は289.266でここの高と少し違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには相打大田村はない。太田村は2か所ある。角川日本地名大辞典の青森県市浦村の相内太田村の項に『「旧高旧領」では太田村と見え,村高153石余このほか明治初年の史料では太田村と見え,幕末から明治初年にかけて当村は太田村と改称したものと思われる』とある。。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには菖蒲川村は2か所ある。こちらの菖蒲川村は青森県鶴田村の方で高は304.367である。他方の菖蒲川村は青森県岩木町の方である。】